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インタヴュー マシュー・ハーバート

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2010年08月17日 16:53

更新: 2010年08月17日 17:50

ソース: intoxicate vol.86 (2010年6月20日発行)

interview & text:國枝志郎


短パンを履いたマシュー・ハーバートが目の前に座っている。
彼はぼくが持参したマーラーの第10交響曲のスコアをぺらぺらとめくっていたが、
あるところで彼は眼を輝かせてこう言った。

「知ってるかい、ここのところはオクターヴ12音のうち、
  9音が同時に鳴るんだ…その意味は…」

ハーバート本人に会うのは、今回がはじめてだった。そのまなざしからは意外なほど温和な印象を受けた。秀でた額がそう思わせるのかとも思ったが、それよりもむしろ彼の表情というかたたずまいをやわらかく見せているのは、実は隙間だらけの前歯だったりするのかもしれない。

ハーバートといえば、なぜか常に怒っている印象が強かった。ぼくがはじめてハーバートの写真を見たのは、96年くらいに【Phono】から〈パート〉シリーズを出し始めたころにイギリスの音楽紙『NME』に掲載されたライヴ・ショットである。それは衝撃的な写真だった。ハーバートとクレジットされたその男は無造作にサンプラーを抱え、黒いスーツに白いシャツをスマートに着こなしてはいたが、その眼はカッと見開かれ、なおかつその口はマイクロフォンをぱっくりくわえていた。浜崎あゆみのCDを叩き割ってサンプリングしてライヴをやったとか、はたまたサンプラーとポテトチップの袋だけでライヴに臨んだとか、胡椒入れだけを使ってパフォーマンスしたとか、PCCOM(Personal Contract for the Composition Of Music)なるマニフェスト(ドラムマシーンの使用禁止、プリセット音の使用禁止、他人の音楽のサンプリング禁止etc.)を提唱したりとか、AFXばりに気持ち悪い合成アーティスト写真を公開したりと、まあほかにもそういった事例には事欠かなかったから、そういった印象が形成されたのかもしれないけれど…。実際に会った本人はきわめて穏やかなムードをかもし出し、むしろおっとりした感じをぼくは受けたのだった。

その印象はしかし悪くはない。悪くないどころか、リリースされたばかりの彼のマシュー・ハーバート名義での最新ソロ・アルバム『One One』から受けた好印象が、そのまま目の前のハーバートの人物像にストレートに結びついていく感覚があった。これははじめて彼が自身のヴォーカルを全編に渡って披露した作品である。

しかしながら、これまでの彼の複数の名義を使いわけた作品群のなかでも、ちょっと特殊な位置にある作品であるということもできる。この『One One』は、「One(ひとつ)」をテーマにした三部作の第一作にあたるのだ。

「ぼくが今まで作ってきた作品は確かに政治的、社会的な色合いの濃い音楽が多かった。それにくらべると今回の新作はすごくパーソナルなものだ。演奏から歌まで、全部自分ひとりで作ったからね。あまりに個人的過ぎて、音楽的にも、政治的にも、今回のアルバムには人々が知りたいと思うようなことがあるとは思えないくらいだ。曲のタイトル? これはこれまでぼくが招待を受けた都市の名前を順に並べただけさ」

「とはいえ、三部作のなかで真にパーソナルな音楽といえるのはこの『One One』だけで、次の2作品はもっと社会的だよ。これらはすべて〈One〉というコンセプトで一貫しているから三部作にしたんだ。自分ひとりで作ったという意味で『One One』、『One Club』はひとつのコミュニティ、建物、クラブにいる人々にフォーカスした。『One Pig』は、生まれてから死ぬまでを見届けた豚の生涯、ひとつの命を取り上げたという意味での〈One〉なんだが、これは中ではいちばん社会的、政治的な内容になると思うよ」

 

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