DRAKE
AS WE ENTER――ドレイクを生んだ時代・ドレイクが生んだ時代
〈I gave away free music for years so we're good over here...just allow it to be the soundtrack to your summer and ENJOY! JUNE 15th!〉──これは去る6月2日、リリースを目前に控えたファースト・フル・アルバム『Thank Me Later』がインターネット上にリークされてしまったことを受けて、ドレイクが自身のTwitter上にポストしたコメントだ。音源流出の被害を受けてアルバムを1から作り直すアーティストもいることを考えると、このドレイクのリアクションはずいぶんと呑気なものに思える。
だが、昨年2月にリリースしたフリー・ダウンロードのミックステープ『So Far Gone』(同名のEPとは別物と考えてほしい)から2曲の全米TOP20ヒット──“Best I Ever Had”が最高2位、“Successful”が最高17位を記録──を送り出し、たった1年で〈The New Face Of Hip Hop〉と呼ばれるまでのステイタスを築き上げた彼にしてみれば、オリジナル・アルバムもミックステープ・アルバムも意識的には大して変わらないのかもしれない。
成功のフォーミュラが変わる
それにしても、タダで入手できるミックステープから2曲も全米TOP20ヒットが生まれたなんて、改めて考えてみてもすごい話だが、そんな『So Far Gone』の衝撃の余波は今年に入ってからはっきりと表面化してきている。ミックステープ・サーキットからドレイクに続く新しいスターを生み出そう、という気運がメディアやリスナーの間で高まっていることもあるのかもしれないが、4月にはウィズ・カリーファの『Kush & Orange Juice』が爆発的なダウンロード数を記録してTwitterのトレンディング・トピックスやGoogleの人気検索ワードの上位にランクインしているし、ミシシッピーのビッグ・クリットは5月に出した『K.R.I.T. Wuz Here』が評判になってリリースからわずか1か月のうちにデフ・ジャムとのディールを勝ち取っている。
こうなってくると、ドレイクのサクセスに光明を見出したアンダーグラウンドのラッパーたちが、さらにウィズ・カリーファやビッグ・クリットの台頭を目の当たりにしてどんなことを考えるか、想像するのはたやすいだろう。大手レーベルのサポートや有力なコネクションがなくとも、ミックステープ一発で事態を変えるチャンスは十分にある──ニューヨーク・デイリー・ニュースがウィズ・カリーファ『Kush & Orange Juice』のセンセーションを報じた際の見出しは、ずばり〈From Zero to Hero〉だった。
こうした状況を見ていると、「従来の成功のフォーミュラは間違いなく崩れていく」といまから3年前に喝破していたマイキー・ロックス(クール・キッズ)の予言を思い出すが、彼らがインターネットを巧みに活用して人気を拡大させていった2006~2007年は、ちょうどリル・ウェインが『Dedication 2』や『Da Drought 3』をはじめとする大量のミックステープをリリースして後の大ブレイクの布石を築いた時期、つまりミックステープ・サーキットが一気に活性化してきた時期と一致する。
そんなシーンの地殻変動を敏感に察知したUSの最大手ヒップホップ誌「XXL」は、2007年からミックステープ時代に呼応した有望新人選抜企画〈The 10 Freshmen〉をスタートさせているわけだが、この各年のラインナップをいま改めて振り返ってみるとなかなか興味深い。
【2007年度】サイゴン、プライズ、リッチ・ボーイ、ルーペ・フィアスコ、リル・ブージー、ゴリラ・ゾー、ジョエル・オルティス、クルックド・アイ、ヤング・ドロー、パプース
【2008年度】ワレイ、B.o.B、チャールズ・ハミルトン、アッシャー・ロス、コリー・ガンズ、ブルー、ミッキー・ファクツ、エース・フッド、カレンシー、キッド・カディ
【2009年度】J・コール、ニプシー・ハッスル、OJ・ダ・ジュースマン、ウィズ・カリーファ、ピル、ジェイ・ロック、ファショーン、ドニス、ビッグ・ショーン、フレディ・ギブス
ここに名前の挙がっているラッパーは、基本的にミックステープ・サーキットでの活躍が評価されて選ばれたという点で共通しているが、年を追うに従ってある種のグラデーションを成しているというか、確実に様相が変わってきているのがわかるだろう。例えば、2007年の10人は選出された時点ですでに全員がメジャーや大手レーベルとの契約を経験していたが、2008年の10人はメジャー・ディールへの執着が希薄で(いまだにあえてフリーエージェントを貫いている者も少なくない)、その傾向は2009年になるとますます強まっていく。CDのセールスが下降する反面、ミックステープをとりまく環境は年々整備されている状況下、メジャーに行ってクリエイティヴ・コントロールが脅かされるぐらいなら自力で地道にやっていくほうがずっとマシだし可能性もある、というのがリル・ウェインやグッチ・メインの戦い方を見てきた新世代ラッパーたちの本音なのかもしれない。
新しいポジショニング
そんな彼らのスタンスやメンタリティーは、マイキー・ロックスの「メジャー・レーベルとサインすることにはあまり興味ないね。俺たちにとって有益なオファーがきてタイミングが合えばやるかもしれないけど、グループの活動をスロウダウンさせるようなものならやるつもりはない。アルバム制作の計画を崩してまでメジャーと契約する気はないんだ」という発言だったり、引退を宣言していた頃のキッド・カディのこんなコメントによく表れていると思う。
「アーティストでいるために、もうアルバムは作らない。この業界は俺の理解を超える世界だった。友達のワレイが俺の新しい曲を聴いて、あまりの酷さに〈すっかり変わってしまった〉って激怒したんだ。俺にはすでにファンがいるし、ヒット曲を出して世界中の批評家からも評価されたから、ある意味もうゴールに到達したといえる。後悔はしてないよ」。
このキッド・カディと共に「GQ」誌の〈Men of The Year〉に選出されたワレイとドレイク、そして今年に入ってブレイクしたB.o.Bなどは、こうした新たなムーヴメントのシンボルとして後進のラッパーたちのひとつの指針となっていくに違いない(念のため、ドレイク以外の3人は2008年度の〈The 10 Freshmen〉出身者である)。メジャーに籍を置きながらも、それぞれカニエ・ウェスト、マーク・ロンソン、リル・ウェイン、T.I.といった理解あるメンターのもとで創作的な自由を与えられ、ミックステープ時代の戦い方もよく弁えている彼らには、いまの時流に則したヒップホップの新しいフォーミュラの確立が期待される。
「俺たちの客観的でどこか冷めたようなスタンスは、きっと世代的なものもあるんだろうな。俺たちは、いまの時代この業界でうまくやっていくのがめちゃくちゃ大変だってことがよくわかってるんだ。自分の居場所を確認しながら、いろいろと客観的に考えざるを得ないっていうかね。だから、俺たち新しいアーティストの多くは冷静に状況を見て常にフォーカスしているんだと思うよ」と語るのはB.o.B。そんなニュー・ジェネレーションのポジショニングに少なからぬ影響を及ぼしたルーペ・フィアスコがここにきて活動を再開し、アッシャー・ロス、クール・キッズ、チャールズ・ハミルトン、ブルー、ディギー・シモンズ、J・コール、ワレイ、B.o.Bらを招集して新プロジェクト=オール・シティ・チェス・クラブを立ち上げているのは、何とも示唆的ではないだろうか。
▼関連盤を紹介。
左から、クール・キッズの2008年のEP『The Bake Sale』(C.A.K.E./Chocolate Industries)、ルーペ・フィアスコの2007年作『The Cool』(1st & 15th/Atlantic)、リッチ・ボーイの2008年作『Bigger Than The Mayor』(Amalgam)、リル・ブージーの2009年作『Superbad: The Return Of Boosie Bad Azz』(Trill/Asylum)、ジョエル・オルティスの2007年作『The Brick: Bodega Chronicles』(E1)
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