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アートの音、音楽のイメージ(2)

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2010年05月20日 21:42

更新: 2010年05月20日 22:45

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

text:長谷川祐子(美術評論家)


Chris Cunningham『Rubber Johnny 』

もういちどリストの話に戻ると、リストが新たに呈示したのは、サウンドインスタレーションの自由なメソッドである。映像はまるで妖精のように、ビデオの精のように部屋の中のいたるところにひそみあらわれる。床の羽目板の間から、そして冷蔵庫の表面や、ソファの上に。音はそこでは空気を編むように柔らかく重なり合う。

マルチスクリーンや、立体的なサウンドインスタレーションの展開は、音や音楽環境をより身体的、心理的なものに近づけると同時に、音そのものが空間の中を移動する体験をとおしてどのように変化するかという体験──音楽である(音楽体験とは異なる)。例えば、やはり映画やMTV産業にかかわっていたアメリカのアーティスト、ダグ・エイケン(※3)は、バーチャルな世界の体験、異なったサイドに同時に存在、あるいはつぎつぎに移動する感覚を音と映像のインスタレーションであらわしている。それは音楽というより、むしろ採取されてきたインデックス的な音の編集なのだが、それが単なる編集の遊びではなく、一つの内的な体験や旅をかたるものになっていくとき、それは音楽として響いてくる。

ノイズやカットアップも同様だが、マルチスクリーンで断片的にしか目にはいってこない、つまり一度に全部をみることが不可能な作品の場合、その不連続性や断片性ゆえに、聞いている主体の中で能動的に音楽を組み立てていく心理的な作業が行われている。

もう一度MTVに戻ってみたとき、ショウとして圧倒的なエンターテイメントとして演出されるマイケル・ジャクソンやマドンナのレベルから、毎回異なったアーティストや映像作家とコラボを行うビョークまでいろいろなレベルがある。とくにビョークはその独創性において群をぬいており、彼女自身がロボットになる、クリス・カニングハム(※4)とのコラボレーションは、音楽がつれていく世界よりはるか先のイマジネーションまで見る者を引っ張っていく強さがある。

ハリウッドの特殊撮影用の彫刻をつくっていたカニングハムは、インパクトとテンションの高い映像をつくる力量とともに、身体の変異や変容がもたらすダークサイドと無垢でピュアなエネルギーへの一貫した関心に基づき、MTV をつくっていた。興味深いのは彼が音楽と無関係につくったアート作品としての映像が、美学に耽溺した自己同着的なものになってしまったケースである。ではその違いは何かといったとき、それはミュージシャンの現実に対する苛烈なまでに新鮮なレスポンスや、コミュニケーションへの願望が映像を作る側にも強く干渉し、これに反応している点である。

音楽の世界もリメイクや焼き直しが多く、差異の生産にすぎなくなっているという批判は多い。それはとりもなおさず同じ音楽ソフトでパソコンで制作されている音楽への批判でもあるだろう。

アートとファッションの間を横断するフセイン・チャラヤン(※5)は、そのハイバーコンセプチャルなコレクションのショウ(映像のプレゼンテーションも含め)で知られる。そこでも音楽は大変重要で、ファッションの100年間の変遷をテーマにした『111』において、ロボテクスでつくられた動くドレスの背後で演じられたのは、ジプシーたちの手をうちならすことだけによってつくられる音楽だった。もっともハイテクなものともっとも素朴で力強いものとの組み合わせ。映像だけで服のコンセプトをつたえ、ショウはやらないデザイナーも増えている。

そこでクライアントによる、感性への信頼を獲得するキーになるのが音楽だ。

※3ダグ・エイケン(Doug Aitken)
68年、カリフォルニア生まれ。『Electric Earth』や『New Ocean』等、立体構造のマルチ・スクリーンに複数の映像を投影する、ビデオ・インスタレーションを多数発表。イギー・ポップやファットボーイ・スリムなどのヴィデオ・クリップも手掛ける。

※4クリス・カニングハム(Chris Cunningham)
70年、イギリス生まれ。ビョーク、マドンナ、エイフェックス・ツイン、オウテカなどのビデオ・クリップを手掛ける。

※5フセイン・チャラヤン(Hussein Chalayan)
1970年 ニコシア(北キプロス・トルコ共和国)生まれのファッション・デザイナー/アーティスト。コレット(パリ)、アントワープファッション美術館(アントワープ、ベルギー)、ヴェネチア・ビエンナーレなどにおいて個展を開催。4/3(土)より東京都現代美術館において日本では初となる個展を開催。


『フセイン・チャラヤン
 ファッションにはじまり、そしてファッションへ戻る旅』
会場:東京都現代美術館(東京都江東区三好4-1-1)
会期:4/3(土)〜6/20(日)
月曜休館(5/3は開館 5/6は休館)
http://www.mot-art-museum.jp/

写真:《アフター・ワーズ》2000年秋冬 photo: Chris Moore

寄稿者プロフィール:長谷川祐子

兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業、東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。水戸芸術館現代美術ギャラリー学芸員(1989年)、金沢21世紀美術館学芸課長(1999-2005)、芸術監督(2005-2006)を経て、2006年4月より東京都現代美術館チーフキュレーター、多摩美術大学芸術学科特任教授。国際美術館会議(CIMAM)理事。内外で多くのビエンナーレ、展覧会を企画する。

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