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特集

ソングライティングの詩学、をめぐる覚書(3)

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2010年04月22日 19:41

更新: 2010年04月22日 20:13

ソース: intoxicate vol.84 (2010年2月20日発行)

text:青澤隆明

 

さて、佐野の長年の友人で、よき音楽仲間である矢野顕子は、10年ぶりのピアノ弾き語りアルバムを、レコーディング・エンジニア吉野金次の復帰第一作として、晴れ晴れとリリースしたところだ。神奈川県立音楽堂での5日間に生起した音楽を生け捕りした「音楽堂」という新作では、前3作の弾き語りアルバム同様、 カヴァー曲を中心とする幅広い選曲を通じて、矢野顕子の固有性が強く際立ってくる。たっぷりとした空間に響くピアノの音とともに、厳しく、鋭く、そして慈愛に似て優しく、楽曲の核を驚くほど直截に露わにしながら、オリジナルとはまったく別個の身体性をもった矢野顕子の歌が広がっていく。こうなると個々のソング・ライティングを分析するよりも、はるかに巨大な包容力をもって、矢野顕子の歌と感情の胃袋のなかで音楽が生起していく様態を凝視するほかない。そうして、すべての言葉が、音楽のたたえる奥行きをもって、しかし聴くものにはどこまでもはっきりと突きつけられてくる。

近いところでは2008年3月、すみだトリフォニーホールで、矢野顕子がデビュー・アルバム『JAPANESE GIRL』を全曲演奏したが、このライヴの凄みがいまもまざまざと思い出される。「21歳の娘が本能のままに爆発させた野獣の咆哮」と自ら称した、創造の原点への回帰に弾き語りで挑み、凄絶なまでに生々しく、創造の情熱を焚きつける深淵をそこに覗かせた。故郷青森市のねぶた祭りに由来する《ふなまち唄》の演奏が、前近代にも通じる土着のエネルギーのうねりを狂おしく奥底に孕んでいたように、言葉と歌、声と叫び、もっといえば思惟と情念が未分化の地点で、彼女はその魂の原型ともいうべき裸の力をとらえていた。言葉と音楽がまなざす原風景や感情の奥底へと、まっすぐに切り込む矢野顕子の本能と洞察の本性をみた思いがした。

いっぽう、彼女の友人で、ポップのフィールドで独自の美学を貫く大貫妙子は、弦楽四重奏を含むスタイルで、「PURE ACOUSTIC」というコンサートを続けてきた。繊細な心性を水彩画のような印象で描き出す音楽が、ピアノや弦の簡潔な響きをともなうヴォーカルによって、いっそう親密な触感と純朴な質感をもって届けられる。繊細さが静謐のなかに充ち、フラジャイルな感情表現が優美に映し出されるように。23年の間、ほぼ毎年のように披露してきたこのスタイルをいったん休むにあたって昨年11月のライヴがDVDでリリースされたが、もともとが映像的な広がりをもつ音楽だけに、作品化には映像にも卓抜なアンサンブル・プレイが要求されることは、大貫妙子自身が熟知している。

大貫妙子のソング・ライティングは、映像喚起力の豊かさと奥行きをもつ言葉が、ときにヨーロッパ映画の一篇を思わせるような物語的情景を立ち上げて、聴くものに音楽を夢みさせる。そのなかで、この作家の視点がみちびく、厳密なまでの高潔さが、作品に独自の美学的な佇まいを与えている。精緻なアレンジも含む洗練された音風景のなかから、そこにふさわしい言葉を抽出するように詩を構成していくがゆえに、作詞という行為はもうひとつの声部を彼女のアンサンブルに加えているように思える。そこには音楽と調和して高めあう言葉の幸福がある。ピュア・アコースティックではその核、言葉と音楽のアンサンブルの共振が、いってみればポップなバンド・アレンジの意匠を脱ぎ置いただけに筆致もはっきりと、くっきり鮮明に立ち上がってくるように思える瞬間が無数に鏤められる。

日本語によるソング・ライティングの成熟についてはおろか、ここでふれた三者三様のオリジナリティを素描することもままならないうちに紙幅はつきたが、彼らの最新の活動をみるだけでも、時代との葛藤が美しく昇華した個性の相貌に向き合っている思いがする。しかも、すべては依然、現在進行形の大冒険なのである。

 

佐野元春
シンガーソングライター。Daisy Musicレーベル主宰。母校である立教大学の教室で、音楽・言葉表現を志す学生たちを前に、日本のソングライターたちをゲストに招いて、「歌詞」すなわち音楽における言葉をテーマに探求してゆく番組NHK「ザ・ソングライターズ」企画構成。昨年放送され大きな反響を呼んだ。このセカンドシーズンが7月より放送されることが決定。http://www.moto.co.jp/

矢野顕子
青山学院高等部在学中よりジャズクラブ等で演奏、1972年 頃よりティンパン・アレイ系のセッションメンバーとして活動を始め、ニューミュージック黎明期の欠かせない顔となる。1990年、ニューヨーク州へ移住。トーマス・ドルビー、パット・メセニー、チーフタンズをはじめとした、世界的なアーティストとの共同制作を行う。映画『崖の上のポニョ』にも声優として出演他、デビュー30周年をこえてますます、新しい活動にも積極的である。http://www.akikoyano.com/

矢野顕子2010「ここが音楽堂!」弾き語りツアー
4/16(金)兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
4/18(日)京都・磔磔
4/20(火)名古屋・三井住友海上しらかわホール
4/22(木)福島・大和川酒蔵 北方風土館
4/23(金)山形郷土館・文翔館議場ホール
4/25(日)仙台・七ヶ浜国際村ホール
4/26(月)&27(火)東京国際フォーラム ホールC
4/30(金)高松テルサ
5/1(土)広島クラブクアトロ
5/3(月)福岡・イムズホール
5/8(土)神奈川県立音楽堂

大貫妙子
東京生まれ。1973年、山下達郎らとシュガー・ベイブを結成。75年に日本発の都会的ポップスの名盤『ソングス』をリリースするも76年解散。同年『グレイ スカイズ』でソロ・デビュー。日本のポップ・ミュージックにおける女性シンガー&ソングライターの草分けのひとり。2/20公開の映画『人間失格』で劇中歌《アヴェ・マリア》 (歌唱)を担当。今秋には、坂本龍一楽曲に大貫が歌詞を担当するアルバム発売&ツアーも予定している。
http://www.onukitaeko.jp/


寄稿者プロフィール:青澤隆明(あおさわ・たかあきら)
1970年、東京生まれ、鎌倉に育つ。音楽・文学をめぐる執筆、企画構成のほか、コンサートなどのプロデュースも多く手がける。「北海道新聞」 「レコード芸術」「音楽の友」「音楽現代」「ミセス」ほかに寄稿。ぼうっとしている間に、時差ぼけのパリで40代に突入し、本格始動を模索中。

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