ソングライティングの詩学、をめぐる覚書(2)
さて、こうしてぐるぐると迂回をしているあいだにも、佐野元春ならばそれを「音楽詩」と簡明に呼び、新たにカテゴライズしてみせるだろう。言葉もしくは活字単体による詩表現の文脈に閉じこめることも、音楽の声部のひとつとして分析してみせるだけでもなく、おおらかに「音楽詩」と呼びかけることで、佐野元春はその独自の生命と展開を尊重していく。
日本語によるソング・ライティングの表現も、そのように自律した評価を受けるだけの経験を積んできたのではないか、と彼が問いかけるとき、デビュー30周年を迎える佐野元春自身のソング・ライティングにおける多種多様な実験と革新性を、その前後の世代にわたって史的に位置づける必要性に僕たちは駆られる。「音楽詩」に対する、もっといえばポップ音楽における批評の重要性を、彼は1980年代から一貫して提起してきた。批評なければ消費あるのみ、という危惧を抱きながら、ポップ・ソングと自分が分かち合ってきた夢と力に対し、それぞれが十分な返礼をしてこなかったことを僕たちは悔やむ。
そして、言葉と音楽、パフォーマンス、そしてグラフィック・デザインなども通じて、全身で音楽表現に臨むとき、クリエイティヴなメディアとしての佐野元春の存在と精神をかけて、個の詩性と創造性をもっていかに現実を乗り越えていくかという挑戦を、彼は激しく生きている。そこには、驚嘆すべき率直さとともに、ポジティヴな楽観性がある。そして、肯定の意志が、彼の表現活動を全方位のコミュニケーションに深く繋いでいる。
ラジオ、雑誌、インターネットなどのメディアも駆使して、ユースへの語りかけに継続的な情熱を注いできた佐野元春は、2007年秋からは母校立教大学の教壇に立ち、50余名のクラスでクリエイティヴ・ライティングの指導を行うという直接的なコンタクトにも乗り出した。2009年1月から9月にかけて同大文学部百周年記念事業のオープン・クラスとして開催され、NHKの教育テレビで番組化された「ザ・ソングライターズ」は、現役第一線のソングライターを招くダイアローグ形式で「音楽詩」の諸相を探り、ライティングをめぐる示唆と刺激を、若い世代を中心に広く提起していくという試みだ。今夏からのセカンド・シーズンも準備されているが、こうして十代の学生たちと真摯に対峙したことが、30周年のステージ以降、佐野元春の音楽詩表現に、どのような深化をもって結実し、新しい光彩をもたらしていくかに、僕は大きな期待を抱いている。
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カテゴリ : Exotic Grammar
掲載: 2010年04月22日 19:41
更新: 2010年04月22日 20:13
ソース: intoxicate vol.84 (2010年2月20日発行)
text:青澤隆明