やくしまるえつこ、増殖中。(1)――ソロ活動と別プロジェクト作品
やくしまるえつこ 『おやすみパラドックス / ジェニーはご機嫌ななめ』 スターチャイルド(2009)
初のソロ・シングル。“おやすみパラドックス”は近田春夫が作曲&アレンジを手掛けており、歌謡曲めいた陰性のメロディーを現代的な鳴りの電子音で支えたファンキーなナンバーに仕上がっている。その近田の作曲した往年のテクノポップ名曲“ジェニーはご機嫌ななめ”のカヴァーでは、高橋幸宏がアレンジを担当。可憐なエレクトロニカ調のアンサンブルの上で優しく寄り添うやくしまる&幸宏のヴォーカルがふわふわと心地良い。*澤田
やくしまるえつこ “ヴィーナスとジーザス” スターチャイルド(2010)
アニメ「荒川アンダー ザ ブリッジ」のオープニング・テーマに起用された“ヴィーナスとジーザス”を含む3曲入りシングル……だが、現時点で編集部の手元にあるのは2曲のみ。まず表題曲は、気まぐれな女子の生態をパステルカラー&サンリオなタッチ(?)で描いたガーリーなラヴソング。そして、タイトルなどの詳細は未公開となっているカップリング曲は、哀愁のサックスとアンニュイな彼女の声が絡み合う歌謡ポップス仕立て。どちらも洗練度は高い! *土田
相対性理論 『シフォン主義』 みらい(2008)
やくしまるがヴォーカルで参画するユニット、衝撃の1作目。ナンセンスな単語の連なりで聴き手のイマジネーションに推進力を与えるような詞世界、妙に人懐っこいメロディー、徹底して無感情なヴォーカル、オルタナな手触りのスカスカしたギター……といった諸要素が絡み合うことで生まれた、画期的な発明品のようなアルバム。本作発表の時点ではメンバーの写真などが一切公表されておらず、まったくもってミステリアスな存在だった。*澤田
相対性理論 『ハイファイ新書』 みらい(2009)
ファーストが爆発的な人気を呼び、絶大な注目を集めるなかで届けられた2作目。ロックな質感が後退する一方で、打ち込みによるエレクトロ・ポップや、ディスコティークな4つ打ち、脱力気味のバック・ビートなどが盛り込まれており、サウンドのヴァリエーションは格段に広がった。また、やくしまるのヴォーカルは非エモーショナルなスタイルを貫きつつ、艶めかしいニュアンスも帯びはじめており、アルバムに不思議な官能性を注ぎ込んでいる。*澤田
相対性理論 『シンクロニシティーン』 みらい(2010)
各メンバーの課外活動を経てリリースされた3作目。基本的には『ハイファイ新書』の延長線上に位置付けられるヴァラエティーに富んだポップ・ミュージック集となっており、そのなかにあって“シンデレラ”“ミス・パラレルワールド”“チャイナアドバイス”というオリエンタルでディスコティークな3曲がアルバムのカラーを決定付けている。“ぺペロンチーノ・キャンディ”のサビにおける朗読のような歌い回しなど、このバンドならではとしか言いようのないフックの仕掛け方はますますの冴えを見せており、さまざまなフレーズが聴き手の脳内を旋回し続けることになるだろう。やくしまるは楽曲によっていくつかの表情を使い分け、“人工衛星”などではアグレッシヴとすら形容できそうな微熱気味のヴォーカルを聴かせる。彼女の〈顔〉が徐々に前面に押し出されているようにも思えるが……果たして今後は? *澤田
相対性理論+渋谷慶一郎 『アワー ミュージック』 commmons(2010)
〈全天候型ポップ・ユニット〉と銘打つ4人組と、自身を筆頭にイノヴェイティヴな電子音楽/音響作品を世に送り出すATAKの主宰者とのコラボ作。渋谷が亡き妻に捧げたピアノ・アルバム『ATAK015 for maria』に収録されている“our music”“sky riders”“BLUE”のバンド・アレンジ版、または〈渋谷のピアノ+やくしまるの歌〉で再構築したヴァージョンを中心とする内容だが、非エモの極北とも言える相対性理論の面々は、みずからの個性との対比によって、原曲に込められたエモーションをさり気なく増幅させている。なかでも徹底的に表情を消したやくしまるの声が大いなるメランコリーを浮かび上がらせるという現象は、このユニットだからこそ堪能できるものでは? どこかモノクロームの映画音楽のような趣きも感じられる、美しいポップス・アルバムだ。*土田