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松平敬(2)

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2010年03月26日 22:45

更新: 2010年03月29日 22:06

ソース: intoxicate vol.84 (2010年2月20日発行)

text : 池田敏弘(新宿店)

本作ではおよそ13世紀から21世紀に及ぶ2~16声部の作品が31作収められているが、これまた驚く事に、そのソプラノからバスに至るまで全てのパートが松平自身の多重録音によって演奏されているのである(女性声部を持つ作品に関しては楽譜通りの音高でファルセットにより歌唱している)。

中でもキューブリック『2001年宇宙の旅』に使用された事でも有名なリゲティの16声部によるトーン・クラスター技法を用いた《ルクス・エテルナ》の蠢く様な声と声の絡みは圧巻。また、この辺りも松平自身の解説に詳しいが、13世紀作曲者不詳の《夏のカノン》とシェーンベルクのカノンも技法的に実は似通っている事や、バッハのカノンからミニマルミュージックの響きが聞こえて来るなど、この作品でしか出会えない奇跡的な<声>の発見が非常に魅力的だ。

全声部多重録音による歌唱に飽き足らず、録音後の編集作業すらも松平自身が行い、生演奏では実現不可能な高精度な音像を目指し、微妙なピッチ、音量バランス、楽曲の時代背景やキャラクターに合わせたリヴァーヴや、独創的なアイデアでのステレオ・パン設定などまで手掛けている。つまり、この作品に於いては楽譜の解釈の自由さを現在のフィルターを通し、譜面の指示のみならず、松平の描くある種バーチャルな存在へと昇華させている。

さらに驚くのが、ジャケットワークのデザインから解説、対訳などアルバム制作のおよそほとんど全てを松平が行っているのである。その筋の専門家にそれぞれ託する分業が当たり前であるクラシックの世界では極めて異例というか、そのなり振る舞いはむしろ、インディペンデントな音楽シーンで活動する音楽家に親和性が高いと言える。つまり、松平はすこぶる自己プロデュース能力の優れた稀なクラシックの演奏家と言えるだろう。
以上を述べてきてお分かりの様に、世に数多ある一般のクラシックの録音物のスタンスと比較してかなり様相を異としている為、特にクラシックのリスナーには本作に触れて、味わった事の無い違和感を覚える向きもいらっしゃるかもしれない。この作品を楽しめるか、眉を顰めるか。その人の音楽に対する姿勢のリトマス紙としても機能しそうだ。

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