AUTECHRE
この3月、オウテカはアルバムとしては10作目となる『Oversteps』をリリースした。コンスタントにアルバムやEPを届けてくれる彼ら。その20年におよぶ濃密な音楽活動から〈まだ10作目だったっけ?〉といった印象もなくはない。
新作のプロモーションも兼ねてか、先日「FACT」誌のミックスが配信されていたが、On-Uから細野晴臣、タンジェリン・ドリーム、トッド・テリー、ヴェネチアン・スネアズ、ミート・ビート・マニフェスト、ステファン・マリンダー、さらにはデス・メタルのネクロファジストまで、大胆な選曲に驚かされた。彼らのルーツも垣間見られるそのミックスには、レイクウォンやJ・ディラ、タフ・クルーやウルトラマグネティックMC'sら、新旧のヒップホップも多く含まれている──90年代に頭角を現したエレクトロニック・ミュージックのクリエイターには、バイオグラフィーに〈80年代にヒップホップの衝撃を受けて音楽活動を始めた〉といった記述を残す者も多いが、オウテカも同様だ。
オウテカはロブ・ブラウンとショーン・ブースの2人組。ブラウンは71年に、ブースは73年に、マンチェスター近郊のロッチデールで生まれた。学生時代の87年に友人を介して知り合い、チームを組んでいる。そんな2人の共通項がエレクトロやヒップホップだった。初期にはアーサー・ベイカーやアフリカ・バンバータ、サイボトロン(ホアン・アトキンス)、マン・パリッシュ、マントロニクス、パブリック・エナミー、マーリー・マール、マイアミ・ベース勢、さらにはクラフトワーク、ブライアン・イーノ、デトロイト・テクノ勢などから音楽的な影響を受けたという。91年にはMYSLBプロダクションズのもと、チープなエレクトロ風の意匠も微笑ましいダンサブルな“Cavity Job”を、スカムからレゴ・フィート名義の同名シングルをリリース。地元マンチェスターの海賊ラジオを舞台に活動し、“Crystel”をきっかけにワープと契約。92年にリリースされたレーベル初期の象徴的なコンピレーション『Artificial Intelligence』に“The Egg”と共に収録され、名前が知れ渡ることになる。
ストイックなカリスマ
ワープがエレクトロニックなリスニング音楽を提案した〈Artificial Intelligence〉シリーズ。その一環としてオウテカも93年にファースト・アルバム『Incunabula』を発表。94年にリリースされたコンピの第2弾にも“Chatter”が収録されている。レーベル初期から活躍するワープの代表的なユニットは、ブリティッシュ・テクノやインテリジェント・テクノの代表として認知されるようになっていった。
当時、レイヴを取り締まるクリミナル・ジャスティス法には多くのミュージシャンが反旗を翻したが、彼らも『Anti EP』をリリース。〈反復されるビート〉を取り締まる法律に皮肉を込めて抵抗を示した。その後、94年末には個性を昇華させた『Amber』を発表。同年には、ワープと同じく90年代に欠かせないレーベルだったジェイムズ・ラヴェル(アンクル)主宰のモ・ワックスの企画盤『Headz』に、『Incunabula』から“Lowride”を提供。また、当時モ・ワックスに所属していたパーム・スキン・プロダクションズや、旧友のストリクトリー・ケヴとパトリック・カーペンターが参加していたニンジャ・チューンのDJフードらのリミックスを手掛け、活動の幅を広げている。
並行して始動したゲスコムもファンなら無視できない存在だ。オウテカの2人を中心に、海賊ラジオ時代からの旧友で、スカムを主宰するアンディ・マドックスやダレル・フィットンら複数のクリエイターが関わるこの名義でも、94年以降、クリアーやスカムなどに作品を残し、リミックスも手掛けている。98年にはその名も『Minidisc』なるMD作品を発表。2007年には2枚のEPをまとめた『A1-D1』がリリースされている。
95年には『Garbage』に続き、鬼才クリス・カニンガムがビデオを手掛けた名曲“Second Bad Vilbe”を収録した『Anvil Vapre』という2枚のEPを経て、サード・アルバム『Tri Repetae』を発表。アートワークにカニンガムも携わっていたそのアルバムは、本格的にコンピューターを導入して制作された。アブストラクトなサウンドは懐かしいが、改めて聴くと新鮮な印象もなくはない。97年には『Chiastic Slide』、EP『Cichlisuite』を続けてリリース。エイフェックス・ツインらと同様に彼らも、クラブ・カルチャーからダンスとは別のヴェクトルを見い出し、エレクトロニック・ミュージックの可能性を広げた功績から多くのフォロワーを生んだ。
オウテカのことをパッケージ・デザインで思い出す人も少なくないのでは? 初期からそのほとんどを、ワープ所属らしくデザイナーズ・リパブリック(以下TDR)が手掛け、TDRとしての代表作も多い──昨年倒産・解散したものの、代表のイアン・アンダーソンが知的財産を買い戻し、『Oversteps』がカムバック作品となるという──〈autechre〉とエンボス刻印された真っ黒なケースの『LP5』と呼ばれる5作目のアルバムを98年にリリース。続く『EP7』のCDも専用ケースだった。よりいっそう研ぎ澄まされたエッジと感情的な表現力を高めたプロダクションで、彼らは世紀末にカリスマティックな唯一無二のポジションを築いていく。
2000年代に入った頃からだろうか。あらゆるシーンが表現範囲を拡張させるなか、オウテカはより幅広く注目を集めるようになる。影響を公言したレディオヘッドのトム・ヨークをはじめ、ビョークやナイン・インチ・ネイルズら、ロック周辺の大物が彼らを称賛。ダイレクトに結び付けるのは容易ではないものの、レフトフィールド志向のあるヒップホップとの接点が語られる機会も多くなり、エレクトロニカやIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)やいったさまざまなサブ・ジャンルのもと、世界中でオウテカの需要が高まった。ストイックにオリジナリティーを追求するスタンス、ユーモアのある発想やスペースのあるプロダクションが、ひとつのジャンルのみに収まるものではなかったことの証明となったようなものだろうか。
次のステップの、そのまた先へ
『Peel Session』を経て、2001年には6作目の『Confield』を発表。複雑な作風はどこか閉鎖的なムードを醸し出し、賛否両論を巻き起こしたものの、イマジネーション溢れる実験性は、また新たに彼らの個性を広げることになった。続く2002年にはEP『Gantz Graf』がリリースされ、表題曲は彼らの代表曲のひとつとなる。DVDとのカップリングもあり、シングルもクラシックとして名高い“Basscadet(Bcdtmx)”、カニンガムが再編集した“Second Bad Vilbel”の過去作に加え、表題曲のビデオはグラフィックも手掛けるアレクサンダー・ラタフォードが制作。トラックと連動するCG作品は刺激的だった。ラタフォードは後にレディオヘッドのビデオも手掛けている。
2003年、キュレーターを務めた〈All Tomorrow's Parties〉(彼らによる公式コンピもある)と同時期に、コードネームがそのままタイトルになったという7作目『Draft 7.30』を発表。即興的なライヴ感のあった『Confield』での実験結果をブラッシュアップさせ、新たな領域へと足を踏み入れたような──それは毎度のことか──2005年には8作目『Untilted』をリリース。この頃にはアンドリュー・マッケンジーによるノイズ音響ユニット、ハフラー・トリオとの共作も2枚残している。
照明のない暗闇のステージとなった2005年の来日公演は語り草だが、即興性のある彼らのライヴ・パフォーマンスは記憶媒体に収められた作品とはまた違う魅力があった(この6月にも来日が決定。長野での〈TAICOCLUB〉出演も話題だが、東京ではホアン・アトキンスとクロード・ヤングも出演と、スペシャルな夜になりそうだ)。
2008年には前作にあたる『Quaristice』を発表。ライヴ録音された音源が多く用いられ、どこかラフな感触のあるアルバムは、アグレッシヴな感覚もあった『Untilted』に比べ、アンビエントな風合いが印象的だった。昨年2009年はワープ設立20周年を祝う一年となったが、その記念企画〈Warp20〉のひとつ、レーベルの名曲のカヴァー集『Warp20: Recreated』で彼らはLFO“What Is House?”をリクリエイトしている。
そして、2010年──TDRによるタイポグラフィーも鮮烈な新作『Oversteps』が届いたばかり。コンピューターやスタジオの機能をフルに活用し、これまでになく緻密な作業を経て完成した作品だという。ディスクがいかれてしまったかのようなノイズや予想をまんまと外してくれるリズムの構成が緊張感を漂わせる一方、エレガントで美しい情景を想像させるという、相反するイメージが共存したサウンドスケープ。東洋的な旋律や古典音楽に影響されたかのような瞬間も新鮮だ。奥行きのある音響も効果的なのだろう、特に美しさが際立ち、洗練された印象がある。ヴェテランらしい重厚な作品であり、ダブステップ(この名前が良くない)に代表される昨今のディープなエレクトロニック・ミュージックとも呼応しそうだ。音楽の発明家たちの枯渇することのないアイディアやモチヴェーションには驚かされるばかり。音楽の場で進化という言葉は軽はずみに使いたくないが──毎度のことながら──また一歩、次のフェイズへと進んだ感は、やはりある。
何かと論議の対象になりがちな彼らだが(テクノ自体がそうなりがちか)、まずは耳をそばだて聴覚から脳内や肉体を刺激すれば、おのずと各々の答えが導き出されるはず。何らかのフォーマットに頼らないと安心できないタイプには不向きかもしれないが、どの作品も他では味わえない体験ができる自由な音楽が詰まっている。
しかし、彼らのディスコグラフィーから最高傑作をチョイスするのはなかなか難しい。リスナーやメディアによって評価や人気はさまざま。『Amber』だという人もいれば、『Tri Repetae』だという人もいるかもしれない。『LP5』や『Quaristice』という人もいるはず──すでに『Oversteps』を選ぶ人も増えているのではないだろうか。
▼関連盤を紹介。
左から、オウテカの2002年のEP『Gantz Graf』(Warp)、2003年にリリースされた〈All Tomorrows Parties〉の公式コンピ『Autechre Curated ATP3.0』(ATP)、2009年のコンピ『Warp 20: Recreated』(Warp)