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Back On The Right Track

カテゴリ : スペシャル

掲載: 2010年03月03日 18:01

更新: 2010年03月03日 18:06

ソース: bounce 318号 (2010年2月25日発行)

インタヴュー・文/新谷洋子

10年の不在を埋め尽くす濃密さ──シャーデーが穏やかに貫くものとは

 

 

これまでに約5千万枚のアルバム・セールスを上げて、女性としては英国音楽界最大の成功を収めたアーティストが、完全に表舞台から姿を消し、パパラッチ写真も一切出回ることなく10年間静かに普通の生活を送る――いまのご時世ほぼ不可能に近いことをシャーデー=ヘレン・フォラシャーデー・アデュがやってのけた理由は、何よりも本人の固い意志にあるのだろう。

84年2月に発表したデビュー・シングル“Your Love Is King”がいきなり全英TOP10入りを果たし、間もなくワールドワイドにブレイクした彼女。当然ながらマスコミに執拗に追い回されることになった混血の美しい女性は、根も葉もないスキャンダルを書き立てられていた時期を振り返って、いまだに「何かシンプルで単純に見えることには裏にあるに違いないと疑うメンタリティーにはうんざりよ」と語る。結果的には、滅多にインタヴューに応じることもなく頑なにスター扱いを拒んだシャーデーに、マスコミ側が根負け。音楽活動のペースも落とし、80年代に3枚のアルバムを相次いで送り出してからは、92年に『Love Deluxe』、2000年に『Lovers Rock』の2作品が登場したのみだ。「私は言いたいことがあると感じた時にしかアルバムを作らない。単に何かを売るために音楽を発表することには興味はないし、シャーデーはブランドではないから」――と。

 

頭のなかで詞を書いていた

 

では待望の6作目『Soldier Of Love』がお目見えするまでの10年間、彼女が何をしていたのかと言えば、『Lovers Rock』に伴うツアーが終わると、96年に生まれた一人娘を連れて住み慣れたロンドンを離れ、イングランド南西部の田舎町ストラウドに転居。そこで出会った新しいパートナー(元英国軍の海兵隊員だそうだ)やその息子といっしょに、充実した日々を送っていたという。

「たいてい何かを作ったり、書いたり、庭仕事をして過ごしていたわ。私は土を掘るのが好きなの。極めてリアルで確かなものだし、まるで錬金術みたいでいつも驚かされる。音楽作りにも似ていて、小さな種を植えると、信じられないような素晴らしいものに育つでしょう? 私は根っからのカントリー・ガールなのよ」。

もっとも、完全に音楽を忘れていたわけではなく「常に〈いつかそのうちアルバムを作ることになる〉と漠然と思っていて、頭のなかでいつも詞を書いていた」と彼女。新作のなかでいちばん最初に生まれた“Long Hard Road”は、5年前の誕生日(1月16日)に書いた曲だと話す。

「当時バンドは作業に加わりたがっていたけど、みんなが集まってくることでプレッシャーを感じたくなかったから、アルゼンチン人のギタリストとエンジニアといっしょに、自宅の地下室で作業を始めたわ。好きな時に、ただ曲作りをエンジョイしたかったの」。

その後、本格的にアルバム作りに着手したのは2008年に入ってからのことだ。デビュー以来一度も変わっていない3人のメンバー――アンドリュー・へイル(キーボード)、ポール・デンマン(ベース)、スチュアート・マシューマン(ギター/サックス)――共々、ストラウドから遠くない場所に位置するピーター・ガブリエル所有のリアル・ワールド・スタジオでセッションを開始し、ゼロから曲を構築していったとか。共同プロデューサーのマイク・ペラやゲスト・プレイヤーたちも長年のコラボ相手ばかりで、新顔は全編に施されているストリングスのアレンジとヴァイオリン演奏を担当したエヴァートン・ネルソンくらいだろうか?

 

ベストを尽くすこと以外はしたくない

 

とはいえここに仕上がったのは、あの声とあのバンド・アンサンブルが織り成す不滅のサウンドを、もっとも冒険的かつ変化に富んだスタイルで表現したアルバムであり、10年待たされたことを瞬時に忘れさせる圧巻の傑作である。随所にレイドバックなレゲエやアメリカーナ(!)調の曲を挿んで、テンションを緩める隙間を設けてはいるものの、全体的にメランコリーの霧が深いダウンビートなトーンで統一。不穏なマーチング・ドラムをモチーフにしたミニマルな先行シングル/表題曲“Soldier Of Love”然り、初期マッシヴ・アタックを思わせるような鈍い音色に包まれた“Bring Me Home”然り。そしてシャーデー自身が言葉で描き出すのも、厳しく荒涼とした情景だ。いまの彼女の穏やかな私生活とはまったく対照的で、自分の行く手を阻む数々の障害と対峙して傷だらけになりながら生きる、壮絶な闘いの記録のようでもある。

「これが私であり、どうにもできないのよ。悲しみと正面から向き合うことで、幸せがもたらさせると思っているから。実際の話、ハッピーな曲には気分が滅入ってしまうの。私はあまり塞ぎ込むタイプではないけど、メランコリーに浸りやすいみたいね」。

また、彼女はしばしば男性の視点から詩を綴ると指摘されたことがあるそうだが、確かに本作でのシャーデーは限りなくマスキュリン。守護して癒す大らかな母性と男性的な闘争心が同居しており、例えば「子供を持つことの素晴らしさ」を掘り下げる“Babyfather”は母ではなく父親の立場から歌われ、「人生と信念の探求に関する曲」と位置付ける先述の“Soldier Of Love”もあきらかに男性の視点に立っている。

「私は何か困難に立ち向かう様を思い浮かべると、西部の無法地帯や戦場を想像してしまうの。それは非常に男性的なことであり、子供時代にたくさん観たウェスタン映画の影響なのよ!」。

そう、先頃51歳になったばかりのシャーデーだが、幼少期はカウボーイに憧れるお転婆娘だったという意外な横顔をふと覗かせて我々を驚かせるのも、やはり彼女が25年間ミステリアスな存在であり続けてきたからだろう。生き方も音楽も妥協ゼロ、「私には物欲はないけどアーティスティックな面では極めて高い理想を掲げているし、どんなに完成までに時間がかかろうともベストを尽くすこと以外はしたくない」との言葉に、偽りはない。

 

▼シャーデーのアルバム。

左から、84年作『Diamond Life』、85年作『Promise』、88年作『Stronger Than Pride』、92年作『Love Deluxe』、94年のベスト盤『The Best Of Sade』、2000年作『Lovers Rock』、2002年のライヴ盤『Lovers Live』、シャーデー・アデュ以外のメンバーによるスウィートバックの2004年作『Stage 2』(すべてEpic)

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