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ジャズの神様のお気に入り 中平穂積さん(2)

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2010年02月26日 16:32

更新: 2010年02月26日 17:05

ソース: intoxicate vol.84 (2010年2月20日発行)

text:髙平哲郎

Cecil Taylor

「知らなかったの。DIGの写真もマスターの中平さんが撮ってるんだよ」

初めてDIGに連れて行ってくれた、中学高校の同級生の景山民夫が得意そうに言った。中平さん撮影のジャズ・カレンダーは1965年が最初だから、イエナのカレンダーは二年で止めて、それ以降は値段も安かったDIGのカレンダーを買うようになったんだと思う。もちろん、中平さんの写真もモノクロだった。

そのカレンダーは、アート・ブレイキー、ホレス・シルバー、マイルス・デイヴィス、ソニー・ロリンズ、ポール・デスモンド、ソニー・スティット、フレディ・ハバード、セロニアス・モンクなど、60年代の来日ミュージシャンを網羅している。さらに66年には、中平さんはニューポート・ジャズ・フェスティヴァルに行き、本場のジャズの雰囲気を切り取って来ている。ぼくは、60年代半ば以降に頻繁に行った来日ミュージシャンのコンサートで、撮影している中平さんの姿を目撃して、写真家中平穂積こそ、DIGのマスターだと確信した。中平さんの写真は、ミュージシャンが演奏していていてもプライベートであってもジャズそのものという魅力にあふれている。写真には、どこかに中平さんらしさがあって、慣れてくると、ジャズメンの写真を見ただけで、中平さんの作品だと判別できるようになる。

二浪のとき、義兄の小野二郎のいた晶文社で植草さんの単行本を出すことになり、憧れの植草さんに会った。それから十年ほど、ぼくの気持は植草さんの自称書生だった。中平さんは、植草さんが唯一、仲人をした人だということも知った。大学生になった頃、中平さんは新宿の紀伊国屋書店ビルの裏口の地下にDUGを開いた。JAZZ&BOOZEと看板にある。BOOZEとは酒とか酒盛りという意味で、このキャッチは植草さんがつけた。ヴォーカルやピアノ・トリオなど、比較的大人しいジャズをBGに飲める。酒が飲める年になったジャズ好きのぼくにはたまらない店だった。高校、浪人、大学一―つまり、ぼくのジャズ体験はDIG/DUGと植草さんと中平さんがいなくてはありえなかったことになる。

そもそも中平さんは和歌山県の新宮高校の写真部にいて、写真がやりたくて1955年に日大芸術学部の写真科に入る。ジャズ好きになったのは中学時代に聴いたラジオ番組だった。中平さんのジャズ・ミュージシャンの写真が生き生きしているのは、そのミュージシャンの音楽に精通しているからである。中平さんは大学時代に、写真家の金丸重嶺教授に「写真というものは、やたらにパチパチ撮ればいいものではない。人であれ風景であれ、事前の研究が必要だ。撮影対象を十分に知っているかどうかで作品の出来が違う」と言われて以来、その言葉をジャズメンを撮る基本にしている。人並み以上に、被写体のレコードを聴いているから事前の研究は十分なわけだ。中平さんは著書『新宿DIGDUG物語』の中で、パチパチ撮らないわけを、さらにこう続ける。

「一枚の写真に勝負をかけるわけです。シャッターを押す対象者の内面が分かるような撮り方を心がけるんです。演奏会でパチパチ撮れば、ミュージシャンにも回りのお客さんにも迷惑になるでしょう。それと、撮る枚数が少なければ、後で整理が楽なんです(笑)」

この言葉を聞いても、本当にジャズが好きなんだなあと感心させられる。ジャズを聴かせる喫茶店を始めたことも、ジャズメンの写真を撮り続けることも、中平さんにとってはビジネスではない。ジャズを愛するが故なのである。それは、話をしているときに、中平さんが醸し出す優しさ、温かさからも分かる。

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