「じつはね」、と清水靖晃は言う、「水戸芸術館で《フーガの技法》をやったり、自分でも(バッハにもとづく)ヴァリエーションをつくったりしているけれど、《無伴奏チェロ組曲》をやると決めた時点で、すでに、できるだけ沢山のバッハ作品をやるつもりだったんです。《チェロ組曲》だけやると企画モノみたいになってしまうので、やるとなったら〈バッハ・おじさん〉と呼ばれるのも覚悟しないといけないと思った。それだけの覚悟でいました」
『CELLO SUITES』はさまざまな場、大谷石の採掘場、ホールの裏側、駐車場、渋谷地下駐車場、などなど、つまりはコンサート・ホールとはほど遠い、異なった場で録音され、また、ライヴもおこなわれた。
「《チェロ組曲》は基本的にひとりで録音し、通常のコンサート・ホールやスタジオではないところでやりました。すみだで前回《チェロ組曲》をやったときは、ひとりじゃなくて、アンサンブルにしてしまった。そんなにはっきり分けて考えていたわけではないけれど、ホールのように聴かせる場所では、アンサンブルにしたかったんです。それに、《ゴルトベルク》なんかも、もうちょっと線のわかる場所でやったほうが面白いと思うんです。そうなるとやはり、トリフォニーのスペースはいいんですね」
そこには「空間性」がある。
「ありますね、やっぱり。《チェロ組曲》から続くテーマとして、バッハ、サキソフォン、スペースの関係ということがあります。ちょうど今日(9月3日)がリハーサル初日なので、まず探っているところですが、もうアレンジは始めています。《ゴルトベルク》をつくるというより、サキソフォネッツの作品をつくるという意識の方がつよいんです。
多くて4声のところに、こっちは5本のサックスなので、例えばソプラノ、バリトン、ユニゾン、ユニゾンで、僕だけ違うところを吹くとか。あとはまったく新しい旋律をねじこんじゃったりもしています。さらに、通奏低音をもうちょっと強調したいので、下ではコントラバスがなっているという感じにします」
コントラバスが4つとは!
「やっぱりサキソフォン5本なので、「ズン」と出したい」
たしかに、バリトンのふるえる低音があるのなら、コントラバスでもっと補強する、というのもあってもいいかもしれない。
「まだそこまで作業が進んでいませんけど、いろいろなフォーメーションが組めると思っています。一例を紹介しますと……サキソフォネッツは、いつもはテナー3人、バリトン2人というバランスで、たまにソプラノ2本、テナー、バリトン2本という組み合わせがある。でも今度はもうちょっと柔軟にして、例えばソプラノ4本とコントラバスとテナーとか。アルトになったりとかね」
今まで以上に音色的な多様さをおりこむ、と。
「そう。あと、計画としては最初のアリアは僕とコントラバスだけ、とか。でも最後のアリアは全員でやる、とか」
アレンジの作業はすでにかたまっているわけではなく、リハーサルと併行しながらやっている。
「春からやっていて、現在、9月の時点で20くらいまで進んでいます。実際にある程度やってみて、どんどん手を加えてゆき、3回くらいやったところでやっと全体の長さや流れがわかるでしょう。そこからリピートの問題など考えていこうかなと思っているんです」
アタマにあったアレンジを譜面にしてそれをただ演奏する──のとははっきりとちがう。
「ながれによっては抜いちゃったり、付け加えたりする部分もあるだろうし。あと、いつも全員揃っている必要はなくて、ソプラノ、テナー、テナーとコントラバス2本くらいというフォーメーションもあっていいだろうし。芝居のように、入れ代わり立ち代わり動いていくとか。ソプラノ・サックス4人のときは2人くらい後ろを向いちゃってもいいんじゃないか、とか」
これだけの人数がいると、演出の仕方がいろいろできるにちがいない。山海塾の天児牛大が、かつて、ピアノの加古隆といっしょに仕事をしていたとき、ピアノとコントラバス数人の舞台をつくっていたことを想いだす。そのとき、コントラバスがほんとうによく動いていた。何よりもコントラバスは見栄えがいい。大きいし、かたちのおもしろさもある。今度の公演では、サックスの金色とコントラバスの焦茶色、曲線のありよう、奏者と楽器との視覚的なつながりというのも、想像するだけでおもしろい。
「そうでしょう! それでシアターみたいに影をうまく利用した照明にすると、どうでしょう。基本はサキソフォネッツが並んで、一段あがったところにコントラバスが4人並ぶかたちがいいかな、とは考えているんです。どうなるかわかりませんが」
グールドをはじめ《ゴルトベルク》には多くの録音があるが、これまでどんな演奏を聴いてきたのか。
「バッハって聴くっていう気にあまりならないんですよ。自分が音楽家だから、やっぱり「やっちゃう」ほうなんです。作品としては《フーガの技法》のほうが聴く気にはなるんで、《ゴルトベルク》はやってみてこそ面白い」
自分の経験で恐縮だが、へたなりにでもすこしずつ弾いてみる、音をたどってみると、それだけで聴くよりもずっとおもしろい。しかも、くりかえしをいれれば1時間以上という長さなのに、意外と飽きないのだ。
「そうなんですよ。だから、今回は演奏して楽しいだけじゃなく、聴いていても楽しいようなものにしたいんですよね。自分たちが楽しむだけじゃなくて(笑)。あまり長く感じないような工夫はしたいと思っているんです」
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カテゴリ : Exotic Grammar
掲載: 2010年01月13日 19:47
更新: 2010年02月19日 16:36
ソース: intoxicate vol.83 (2009年12月20日発行)
interview&text:小沼純一(音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)