TELL YOU ONCE AGAIN(2)
高すぎる壁に向かって
『Thriller』から数年、マイケルは次のアルバムを完成させられずにいた。ルーカス&コッポラと組んだディズニーランドの〈キャプテンEO〉が86年にスタートするなど、多忙だったせいもあるのだろうが、何よりも制作を遅らせたのは、『Thriller』が築き上げたあらゆる意味で高すぎる壁に違いなかっただろう。総監督を担うクインシーももはやマイケルの尻を叩ける立場ではないことを痛感させられていた。合間にはヒップホップの台頭がポップ・ミュージックのありようをガラリと変えていたし、何より妹ジャネットの『Control』がR&Bの先端をスマートに更新していたのだ。完璧主義者で勝ち気なマイケルが作品をフィニッシュできなくなったのもよくわかる。
共演者選びも難航した。ランDMC、バーブラ・ストライサンド、ホイットニー・ヒューストン、アレサ・フランクリン、元アバのアグネッタ、ジョージ・マイケル、そしてプリンス──いずれも『Bad』への参加が噂されたり、申し出を受けたアーティストとされている。が、地球規模の知名度を獲得した個性の塊と絡むことは、新しさや自身の個性を優先するアーティストにとっては難しい相談だったようだ。
ようやくニュー・シングル“I Just Can't Stop Loving You”が登場したのは87年7月のこと。そのNo.1獲得を弾みに翌月リリースされたのが実に5年ぶりのアルバムとなった『Bad』だ。ほぼ全曲をマイケルが書き、ジョン・バーンズらの助けを借りつつプログラミングや大部分のアレンジもみずから担当(クインシーとはプロデューサーのクレジットを巡って大揉めしたという)。恐るべき瞬発力を見せるヴォーカリゼーションはより逞しくなり、バックのアレンジと歌メロをリズミックにシンクロさせるというマイケル独自のソングライティング術も存分に堪能できる、素晴らしいアルバムに仕上がった。
2枚目のシングル“Bad”は大仰なダイナミズムが炸裂したデジタル・ファンクで全米No.1、ウォーキング・テンポの伸びやかなブギー“The Way You Make Me Feel”もNo.1……とシングルは5曲連続で全米1位を獲得。他にも執拗なリズムと声の応酬が凄まじい“Smooth Criminal”などを収めたアルバムは世界中でヒットし、初のソロ・ツアー開始も重なって、〈マイケル現象〉が続いていることを世に知らしめている。
一方、そんな状況を自分のみとの闘いから勝ち取ったマイケルは、家族と疎遠になり、母親キャサリンの導きで信仰していたエホバの証人も脱会。以前買っていた土地に〈ネヴァーランド〉を建設して移り住んでいる。インタヴューも受けず、ただ音楽を通じてのみ世間とコネクトしようとした彼は、規格外なヒットゆえに前時代的な〈権威〉の象徴として音楽系のメディアにさえも軽視されるようになり、〈変人〉としてゴシップ記事の生け贄になっていった。
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