SOMEONE IN THE DARK(2)
スリリングだった舞台裏
映画でも見せつけた、そんなクリエイター魂にもっとも火が点いた瞬間……それはやはり、『Off The Wall』のリリース後だったのではないだろうか。全力を尽くし、大ヒットを記録したにもかかわらず、同作が79年度のグラミー賞で〈最優秀アルバム〉部門にノミネートされなかったことにひどく傷ついたというマイケルは〈今度こそ史上最高のアルバムを作る〉という目標をみずからに課し、命を削る思いで制作に臨んだという。82年夏に制作に取り掛かったとされる『Thriller』は、そんな意地とプライドを賭けた、マイケルにとっては失敗の許されないプロジェクトだった。だが、マイケルは、クインシー・ジョーンズをはじめ、ロッド・テンパートン、ルイス・ジョンソン、グレッグ・フィリンゲインズといった、『Off The Wall』からの続投となる制作スタッフに絶対的な信頼を置いていたようで、自分が上手くコントロールさえすれば良い作品になると信じていたという。前作ではスティーヴ・ポーカロのみの参加だったTOTOのメンバーも今回はほぼ全員が参加し、バックの布陣は完璧だった。
結果から言うと『Thriller』は、楽曲の構造やアルバムの展開など、前作『Off The Wall』を踏襲したものである。78年の時点でデモが出来ていたという冒頭のダンス・チューン“Wanna Be Startin' Somethin'”は前作の冒頭曲“Don't Stop 'Til You Get Enough”に相当するものだし、ロッド・テンパートンが書いた両作の表題曲も酷似している……といったように。いわば『Thriller』は『Off The Wall』のアップデート版で、グラミーから評価されなかった前作をベースに、さらに強力なグルーヴと新しいアイディアを加えて、もう一度自分の力を世に問うてみようとでもいったマイケルのリヴェンジ精神のようなものが、同作には見え隠れしていた。
アルバムの先行シングルとしては、ポール・マッカートニーとのデュエット曲“The Girl Is Mine”をリリース。これはアルバム制作の初期段階に、後にポール主導曲としてヒットする“Say Say Say”といっしょに和気藹々と録音したとされる。だが、以降は時間との戦いで、レコード会社から仕上げを迫られる日々。映画「E.T.」のイメージ・アルバムの仕事(MJ流の優美さに満ちた“Someone In The Dark”もそのひとつだ)も同時に進めていたため、現場はかなり混乱していたようだ。
そんなゴタゴタのなかで制作が進められたせいか、仕上がったアルバムを聴いてみると、ミックスがまるでダメということが判明。あまりに安っぽい仕上がりだと感じたマイケルは、悲しみと怒りをこらえきれず、〈これはリリースしない!〉と叫んでスタジオから出ていったという。あの超大作も一度はお蔵入りの危機に瀕していたというわけだ。が、その後、改めてミックスをやり直して、82年11月にリリースされた『Thriller』は、いまや誰もが知る結果を叩き出した。“Billie Jean”をはじめ、エディ・ヴァン・ヘイレンのギターが唸るMJ流のロック・チューン“Beat It”、TOTOの面々がサポートした優美なメロウ曲“Human Nature”など、アルバムからは足かけ3年に渡ってシングル・ヒットが誕生。後に〈ショート・フィルム〉と呼称されるPVがMTVで放映されたことも人気を後押しし、特に最後にシングル化された“Thriller”は、ジョン・ランディス監督のPVとの相乗効果によって曲のセールスを伸ばした。
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