NEW KID ON THE BLOCK
新時代のスリルへと誘うMC、キッド・カディは月世界の夢を見るか
「音楽のジャンルを人種みたいなものと仮定すれば、ヒップホップ、ロックンロール、R&B、いろんな人種があるよね。俺がやろうとしてるのは、そこから差別をなくすこと。みんなをひとつにして、可能ならひとつの〈超越した音楽〉を作る。でもこんなのは良くないね、〈あのバンドとコラボしようぜ! いまはヒップホップとオルタナの融合が流行りだぜ! バンドのロック・ビートで俺がラップする!〉……そんなのは遅れてる。その次の時代を見なきゃダメだよ。オルタナ・ロックとエレクトロを融合するのか、それをヒップホップのオーディエンスに観せるのか、この3つをフュージョンするか……とかね。そういうアイデアだけじゃなくて、実際のサウンド面にも同じような工夫がいるし。俺がめざしてるのは、誰も試したことがなくて、最終的に〈変わってるね。でもアリかもな。いい曲じゃん!〉って言ってもらえるものだね」。
感覚的なのか戦略的なのか判断しかねるような口ぶりだ。オハイオ州クリーヴランドに生まれたキッド・カディは、ラッパーとして知られるようになってまだ数年というキャリアにもかかわらず、すでに選ばれたカルチャー・ヒーローの座へ一歩踏み出している。A・トラックやカニエ・ウェストといった越境者たちに気に入られ、カニエの『808s & Heartbreak』にフィーチャーされたことも話題になったが、彼の飛躍を決定付けたのは彼自身とドット・ダ・ジニアスと共同プロデュースしたシングル“Day 'N' Nite”だった。スペイシーな電子音が瞬くシンプルなビートとメロディアスな呟きのように響くフロウは、エド・バンガーの仕事で知られるソー・ミーの監督したカラフルなPVと、クルッカーズのリミックスによってより広範にアピールし、昨年末から今年にかけて大西洋の両岸で大ヒットを記録することとなった。そんな彼がリリースしたファースト・アルバムこそ『Man On The Moon: The End Of Day』だ。
「〈Man On The Moon〉は全部で3部作になっていて、今回の〈The End Of Day〉が第1部なんだ。3部作を通じてすべて夢の話が続くんだけど、全体に流れるテーマは〈成功への軌跡〉なんだ。苦労してきたことと、夢で見たヴィジョン、この2つが大きなテーマだね。今回は最後の曲を聴き終えたら、〈よし、朝が来たぞ。新たな人生を始めるぜ〉と思えて、自信を持ってもらえる。それがメッセージだ」。
抽象的なコメントだが、アルバムを聴けば、眠りに落ちて、夢の底をくまなく探索するようなカディの狙いは十分に伝わる。トータルの構成力はもちろん、個々でも不思議な魅力を放つトラックが揃っていて、A・トラックがスクラッチで参加したレディ・ガガ“Poker Face”使いの “Make Her Say”をはじめ、エマイル製の宇宙バウンスに名匠ラリー・ゴールドがストリングス・アレンジを施した“Cudi Zone”、幻惑的なエレクトロ・ファンクにポエトリー風のラップと歌を絡めた“Enter Galactic Connection”、ラタタット制作のトイ・ポップにMGMTも招いた“Pursuit Of Happiness”など、何ともストレンジな心地の良さが残るのだ。
「大真面目に、誰も作ったことないようなアルバムだね。ドープなサウンドで溢れてるから、今後この真似る奴が出てくるだろう。だから、先にこのアルバムを聴いといたほうがいいぜ、マジで」。
このデカい口を信用して、古い夢から覚めたほうがいい。新しく不思議な夢を見せてくれる才能はもうここにいる。
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