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PROLOGUE――音楽活動再開までのストーリー(2)

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2009年10月21日 18:00

文/宮本英夫

音楽を〈やらなくちゃ〉から〈やるぞ〉へ

――そして2007年が終わって2008年になります。

「2008年の正月はリラックスして、解散ツアーの時にいただいたシャンペンを毎日飲んだりして(笑)。楽しい正月を過ごしつつ、相変わらず事務所の残務整理に追われていた時に、KEMURIのマネージャーだった僕と同い年の男がいきなり電話してきたんですよ。〈ふみおさん、やりましたよ。スカパラからオファーが来ました。アルバムで1曲歌ってくれって〉って。それがすごく嬉しそうな声だったから、〈エッ、すごいね〉なんて言って、電話を切ったんだけど。歌を歌うと決めたけど、まだ真っ白な状態だったし、しかもスカパラでしょ? 解散したばっかりで、スカパラのゲスト・ヴォーカルでのこのこ出て行くのはどうなのかな?って思ったんですよ。KEMURIのメンバーに対しても筋が違わないか?って。あと、見る人に〈よっぽどKEMURIでやるのが嫌だったんだな〉と思われるのもシャクだし……それは冗談だけど(笑)。でも実際、燃え尽きた状態で、スカパラといっしょに歌う自信が全然なくて。事務所に行って、マネージャーといろんなことを話して、どう思う?って。そいつは非常に寡黙で真面目で、自分の意見を積極的に言うタイプじゃないんだけど、その時に限って〈大丈夫ですよ! ふみおさんは望まれてるってことですから、絶対やったほうがいいですよ!〉って強く勧めるんですよね。それで、〈わかった、自信ないけどやってみるよ〉って、“Pride Of Lions”(東京スカパラダイスオーケストラ『Perfect Future』に収録)を録音したのが2008年の1月。そこからいっしょにプロモーションして、ライヴにも出て……いま思えば、あの時スカパラが声をかけてくれて、マネージャーが背中を押してくれなかったら、絶対にいまの自分はないと思う。すごく感謝してます」

――2008年に表に出て歌ったのは、それぐらいでしたよね。

「そうですね。あとは上田現ちゃんのトリビュート盤では歌いましたけど」

――ふみおさんのソロ・アルバム『変わりつづける景色の中を』(2004年作)をプロデュースした上田現さんが亡くなったのは、3月9日でした。

「危篤だと言われて、駆けつけて、現ちゃんに会って……僕のことはわかるんだけど、寝たままで、ギリギリで頑張っているような状態で、それから間もなく亡くなって。〈また何もできなかったな……〉と思って、その時に〈音楽をやらなくちゃ〉という気持ちが〈音楽をやるぞ〉に変わったんですよ。絶対アルバムを作らなきゃ駄目だって。2004年の僕のソロの時にはいろんな経緯があって、きちんとツアーもやらなかった。僕にとっては非常に大きな意味のある制作だったんですけど、〈何もできずに終わってしまった〉と思ったら申し訳なくて、もうやるしかないと。音楽をやりたいんですという気持ちを素直にマネージメントにぶつけて、トリビュートの話も動き出して、それでまた徐々にマイクの前で歌う時間が増えていったという感じですね。それが去年の4月か5月の話だから、まあこのソロ・アルバムは時間がかかったなと思いますよ」

――俳優業はいまも続けているわけですけど、今後も並行してやっていくつもりですか。

「今年はけっこうやってるんですよ。4~5本かな? そんなにセリフはないけど、すごく楽しいです。最高。とにかくすごくおもしろい経験ですね。その経験は歌のライヴでも活かせると思うし、これからコンサート活動もしていくんだけど、絶対に両方の役に立つと思う。自分がヴォーカリストとしてどんどんやっていくのか、アクターとしてやっていくのか、いまは全然わからない状況だけど、とにかく真剣にやってみるということなんですよね。そういう自分のなかの熱みたいなものは、何らかの形で伝わるようにやりたいなと思っているので、絶対(音楽活動の)役に立つと思ってます」

――俳優・伊藤ふみおの活躍にも期待してます。

「今度、1月公開の〈ゴールデンスランバー〉っていう伊坂幸太郎さん原作の映画に出るんですよ。総理大臣の役なんだけど、そんなの、全然想像つかないよね(笑)。だから俳優はクセになるのかもしれないし、おもしろいのかもしれない。ラッキーだと思うし、ありがたいと思うし、いいもんですよ」

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