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特集

FOREVER CAME TODAY 状況の変化と日々の葛藤(4)

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2009年10月07日 18:00

ソース: 『bounce』 314号(2009/9/25)

文/林 剛

新しい自己の発見

  けれど、そんななかでも、J5、とりわけマイケルを虜にした曲があった。ハル・デイヴィス制作の“Dancing Machine”だ。最初に『Get It Together』で披露され、74年にシングル・リリースされて久々のR&Bチャート1位となったこれは、続く同名アルバム『Dancing Machine』にもリミックス版が収録。当時モータウンではエディ・ケンドリックスの“Boogie Down”が大ヒットしていたが、マイケルは〈ブギー〉というダンス・サウンドをいたく気に入っていたようで、ディスコ=大人の世界への入口と考えていた彼にとって、これは我が意を得たりといった感じの曲だったようだ。

 いずれにせよ、変声期を迎えていたヴォーカルとダンサブルなリズムとが抜群の相性を示し、ロボティックなダンスまで生んだ“Dancing Machine”は、後のマイケルの芸風の原点とも言えるナンバーだろう。また、同曲がシングル化された74年2月には、J5としてアフリカのセネガルをツアー。その時、首都ダカールの空港で現地のダンサーたちに出迎えられたマイケルはドラムの連打によるリズムの洪水を浴び、〈これだ!〉と自身のアフリカン・ルーツを確認したともいうが、とにかく、この頃のマイケルが新たな自分を発見し、大きな何かを掴んでいたことは間違いない。


  それでも、創作の自由を与えないモータウンとの溝は徐々に深まっていった。もっともそれはJ5やマイケルだけの問題ではなく、当時のモータウンは社内情勢が悪化しており、少し前にはフォー・トップスやグラディス・ナイト&ザ・ピップスといった大物も相次いで退社していたのだ。そんななか、父ジョーは秘かに新たなレーベルを物色しはじめる。この時ジョーとゴーディは相当揉めたというが、しかしゴーディは、J5のメンバーが自分よりも実の父親との絆のほうが深いことを悟ると(グループ名の使用権以外は)比較的あっさりと移籍を認めたという。75年初頭に出されたマイケルのソロ・アルバム『Forever, Michael』なんかは追悼盤みたいなタイトルがつけられ、まるでレーベル側から別れを切り出しているような気配さえ窺える。だが、そんな裏事情など匂わせず、マイケルは“One Day In Your Life”や、J5最後のオリジナル・アルバム『Moving Violation』(75年)に収録された“All I Do Is Think Of You”といった美曲でリスナーを魅了していった。同年にTV番組「ソウル・トレイン」で司会のドン・コーネリアスから趣味を訊かれて「読書。あと毎朝、鳥に餌をやっているんだ」と中性的なソフト・ヴォイスで答えていたマイケルらしい、物憂げで繊細なこれらのバラードは、後の〈優美なマイケル〉像の原点だと言っても過言ではないだろう。

 こうして75年5月、J5とマイケルは6年近くの時を過ごしたモータウンを離れ、エピックに移籍。社長の娘と結婚していたためモータウンに残ることになったジャーメインとの別れにマイケルは深く傷ついてもいたようだが、心機一転、末弟のランディを迎えてジャクソンズとして新たな道を歩みはじめるのだった。 【次号へ続く】

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