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カテゴリ : スペシャル

掲載: 2009年08月26日 18:00

更新: 2010年01月25日 20:55

ソース: 『bounce』 313号(2009/8/25)

文/出嶌孝次

さんざん言われていることだが、ベリー・ゴーディJrという人はマイケルにとってもうひとりの父親だったのではないか、と確かに思う。モータウンの経営者という自信と強権を持ちながら、プロデューサー/ソングライターとしての実績を元にした音楽的なノウハウも教えてくれるベリーは、研究熱心なマイケルにとって一時は生き字引のような存在だったかもしれない。ベリーのほうにしても、次第に言うことを聞かなくなる子供たち──気まぐれなマーヴィン・ゲイや、自身の創造性を主張してくるようになったスティーヴィー・ワンダーら──とは違って、マイケルは情熱を注ぎ込むに足る相手だったはずだ。〈ベリーは新しい玩具を手に入れたようだった〉という証言もあるが、アルバム主体の考え方に時流が傾いていくなかで、理念を持って3分間のシングル作りに気合いを込めてきた彼の情熱が、格好の素材を得て燃え上がったのだ。そして、自身も含めたプロデューサーたちで楽曲の内容を競い合ってリリースを取捨選択していくという理想のシステムで、理想の音楽を最後に試したのがJ5だったのだろう。J5の快進撃はそのシステムゆえの賜物だったが、その失速もまたシステムの代償だった。J5の不満が管理体制そのものに向きはじめると、ベリーはJ5への興味を一気に失っていく。そして、(美しく言えば)巣立ちの時が訪れるのだ。やはり、ベリーは父親だった。

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