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INTERVIEW 第2回――いろんな意味で20周年っぽかった記念ライヴ〈俺っちのイニシエーション〉(3)

カテゴリ : スペシャル

掲載: 2009年08月26日 18:00

更新: 2009年08月26日 18:22

文/佐野郷子

デビュー直後に前途多難

――結成した89年はまだ日本はバブル期だったし、電気グルーヴがメジャー・デビューした91年頃はまだまだ音楽界も余裕があったというか……。

「うちらバブルの恩恵、受けてるか? うちらみたいなのがメジャー・デビューできたってことはその流れでもあるかもしれないけど」

石野「いや、恩恵はあったよ。レコード会社もまだ経費をいっぱい使えた時代だったし、俺は金は空から降ってくるもんだと思ってたもん(笑)。デビュー当時は横浜に事務所があって、用もないのに遊びに行っては中華街でみんなで飲み食いしてたりしたじゃん」

「しかもほぼ毎日そればっかし(笑)」

――メジャー・デビュー・アルバム『FLASH PAPA』の発売日(91年4月10日)に、なぜかはとバスで東京観光しながら取材したので、当時のデタラメでユルイ空気はよく覚えております。

「あの日、とあるCD店に行ったら、発売日なのにうちらのCD置いてなかったんだよな(笑)」

石野「そうそう。東京タワーでは(メーカーが)記念に灰皿とライター買ってくれたよね(笑)」

――あの時点ですでにCMJKさんは脱退していたので、お2人だけの取材でした。

石野「まりんもまだ決まってなかったんだよ。デビュー直後に前途多難」

――ただ、インディーズの時から注目度は非常に高かった。

石野「そういうタイミングだったんだよ。バンド・ブームもちょうど一段落して、他におもしろいヤツらはいねぇかって時期でしょ、90年前後って」

「なんか他の味ねぇのかって時に、うちらやスチャダラパーがちょうど出てきて、もの珍しさも手伝い注目されたわけでしょ。なんだっけ? ネオ・バンド世代って言うの?」

石野「ネオ・バンド!? それ、誰も言ってないよ(笑)! しかもどっちもバンドじゃないし」

「渋谷系はうちら入ってないんだっけ?」

石野「渋谷系はもう少し後だろ。うちらデビューした頃はまだフリッパーズ・ギターもいたからね。『ヘッド博士の世界塔』が出て話題になってたもん」

――初期はお2人の特異なキャラクターと話っぷりのおもしろさが、「オールナイト・ニッポン」で熱狂的な人気を呼びましたね。

石野「〈オールナイト・ニッポン〉を聴いてた世代だってもう家庭持ってるでしょ。こっちもその頃は〈学校ないし 家庭もないし〉(“N.O.”)なんて歌ってたけどさ」

「当時の中2が人の親になってるんだもんな。(電気の)レコード会社が変わらないというのもいまじゃレア・ケースなんだろうね」

石野「瀧なんて長髪にパーマでカッコつけてたんだから」

「いいじゃねえかよ」

石野「それがいまや大河ドラマ!」
*注:来年のNHK大河ドラマ〈龍馬伝〉にピエール瀧は坂本龍馬の良き理解者、溝渕広乃丞の役で出演が決定している。

「なぜだか〈大河出演おめでとうございます〉メールがやたらくるんだよ。〈あの瀧が大河!〉っていう感覚なんだろうけど」

→→→8月26日更新の第3回へ続きます!!

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