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PIONEER OF THE WARPED GROOVE 世界をめざす矢沢が、いち早く日本にもたらした大人のロック・サウンド

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2009年08月05日 18:00

更新: 2009年08月05日 18:03

ソース: 『bounce』 312号(2009/7/25)

文/ダイサク・ジョビン

 オールド・スクールなロッカーズ・スタイルのバンド=キャロルを率いて、わが国でのロックの大衆(ポピュラー)化を果たした永ちゃん。続いてソロ活動に入るや否や一躍日本の音楽シーンの頂点に立ったわけだが、良い意味で上昇志向が強く貪欲な彼が打った次なる手は、日本ではまだ確立されていなかった〈大人が演る、大人が聴ける、ゴージャスで洗練された大人のロック〉の創造。と同時に、これまた日本の誰もが成し得ていなかった、世界の音楽シーンの最前線に追いつくこと。

 そこで、80年代に入ると同時に永ちゃんは単身渡米、LAを拠点としてドゥービー・ブラザーズやリトル・フィート、TOTOのメンバーなど、ウェストコースト・ロックやそこから派生したAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)、つまり成熟した大人のロックをクリエイトしていた当時の世界のロック/ポップ・ミュージック・シーンの最前線にいるプロフェッショナルな腕利きミュージシャンたちと組み、世界進出作『YAZAWA』や『P.M.9』などを制作。身も心も余裕のある、リッチで洗練された大人の男の哀愁や色気、クールさ、ダンディズムといったことに加えて、スマートな都会生活、リゾートでのヴァカンスといったイメージなど、日本で誰よりも早く当地のAORを具現化したという点も永ちゃんの偉業のひとつに数えられるだろう。ちなみに、時を同じくして寺尾聰も国内最強の腕利きメンバーを結集して日本版AORの最高傑作『Reflections』を作り上げていた。余談だけど、永ちゃんにアキラと、高度に洗練されて豊かな音楽性を持った世界最先端の音楽が、老若男女問わず国民的に支持されていたっていうのもスゴくハッピーな時代だったよね。

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