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SWEET DREAMS OF YOU コステロと共に巡る、50~60年代のUSポピュラー音楽紀行

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2009年06月24日 18:00

更新: 2009年06月24日 18:29

ソース: 『bounce』 311号(2009/6/25)

文/渡辺 亨


ビリー・エクスタインのベスト盤『Everything I Have Is Yours: The Best Of The MGM Years』(MGM/Polygram)

  エルヴィス・コステロの父親ロス・マクマナスは、かつてジョー・ロス&ヒズ・オーケストラでシンガー/トランペッターとして活躍したジャズ系のミュージシャン。一方、母親もジャズ・スタンダードの愛好家だったことから、コステロ(54年生まれ)は子供の頃からビリー・エクスタインやペギー・リーのレコードをよく聴いていたという。その後10代になると、リズム&ブルースやカントリー、ロックンロールに傾倒していくのだが、最初から彼の身近にはアメリカのポピュラー音楽があったというわけだ。

  高校時代のコステロは、カントリーに夢中だったという。なぜカントリーに惹かれたのか。その理由のひとつは、彼が大きな影響を受けたアメリカのロック・ミュージシャンの音楽的ルーツにカントリーがあったからである。ボブ・ディラン、ロイ・オービソン、ザ・バンド、グラム・パーソンズ……実例を挙げると、グラム・パーソンズは、バーズ時代に『Sweetheart Of Rodeo』(68年)を制作している。カントリーを中心としたルーツ・ミュージックのロック化を試みたアルバムで、〈カントリー・ロック〉の嚆矢となった歴史的名盤だ。後年コステロはバーズと同じようにナッシュヴィルに赴き、カントリーを中心とした『Almost Blue』を制作するが、この事実はグラム・パーソンズから受けた影響の大きさを端的に物語っている。

  その『Almost Blue』でコステロが取り上げたハンク・ウィリアムズは、カントリーの黄金時代(1940年代前半~50年代前半)を代表する歌手。ハンクは53年に29歳の若さで他界したが 、彼と入れ替わるようにして音楽シーンの檜舞台に登場した本家のエルヴィス(・プレスリー)も、彼に大きな影響を受けている。ハンクは白人のカントリー歌手だ。ただし、彼の音楽にはブルースやゴスペルが内在していた。ロックンロールはカントリーとリズム&ブルースが融合した音楽、と言われることが多い。しかし、どちらもアメリカ南部で生まれた音楽であり、 ハンク・ウィリアムズという存在が象徴しているように、そもそもこの2つは不可分の関係にある。コステロは『Kojak Variety』でジェイムズ・カーの“Pouring Water On A Drowning Man”(66年)を取り上げているが、このサザン・ソウルの名歌手ですら、カントリーとまったく無関係ではない。

  黒人音楽でもなければ、白人音楽でもない。それがロックンロールである。あるいは一般的なジャズにしろ、ニューオーリンズのジャズやリズム&ブルースにしろ、アメリカのポピュラー音楽は、ヨーロッパとアフリカの音楽が何らかの形で混ざり合って生まれたものだ。言い換えるなら、これらすべては移民によって建国されたアメリカ合衆国で生まれ、育まれてきた音楽である。こうした意味において、コステロ・ショウ名義の『King Of America』を〈アメリカそのもの〉と言ってもいいだろう。なぜならロカビリーやブルースやケイジャンの要素も詰め込まれたこの傑作は、きわめてフィクショナルな〈アメリカ音楽絵巻〉なのだから。

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