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特集

ありがとう、キヨシロー

カテゴリ : スペシャル

掲載: 2009年06月03日 17:00

更新: 2009年06月03日 17:40

文/鈴木智彦、ダイサク・ジョビン

2009年5月2日、かねてから闘病中だった忌野清志郎が逝去した。日本のロックを形作ってきた偉人? 反骨のロックスター? ボス? キング? 最期の最期までドカドカうるさいバンドマンであり続けた、ガッタガッタうるさいロックンローラー、キヨシローのご冥福をお祈りいたします

RCサクセション 『シングル・マン』 ユニバーサル(1976)


  昨年11月にリリースされた原田郁子『銀河』のタイトル・トラックは郁子ちゃん(作詞/歌)と清志郎(作曲/歌)の共作共演曲。清志郎の書いた、悲しみに溢れた透き通るようなメロディーと、2人の静かで穏やかな、宇宙の真理への感謝や祈りや恐れに満ちたような歌声を聴いた時、僕は心のどこかで彼との別れを予感し、覚悟していた気がする。だからその半年後の5月、本当に彼との別れの日が来た時も、突然それがやって来た!という驚きはなく、〈ああ、本当に清志郎は星粒のひとつになって、銀河を渡ってしまった〉という思いで胸がいっぱいになった。悲しい気持ちよりも、一足先に宇宙の真理に向かって旅立った彼にまた勇気をもらったような気がして、それで涙がこぼれた――ありがとう、清志郎。

 矢野顕子さんは清志郎が逝ってしまった時に〈彼の書く詞には彼の心の美しさが表れていた〉という意味のコメントを寄せていたが、本当に僕もそう思う。喜び、悲しみ、怒り、嘆き、すべての感情をこれほど透き通った言葉で表現し続けた音楽家を僕は他に知らない。RCサクセション時代~解散後の複数に渡るユニットでの活動やソロ時代を通して、清志郎の音楽は常に激しくスタイルを変化させていったけれど、その根っこにある心の部分は何も変わらずに透き通ったままだった。だからこそ、彼の歌は世代や性別を超えて多くの人の心にストレートに響く力を持っていたのだと思う。

 初期のフォーク・スタイルの殻を破り、ローリング・ストーンズのようなロックンロール・サウンドと、敬愛するオーティス・レディングみたいにメリハリを効かせて日本語を明瞭に発声するヴォーカルが爆発した80年作『RHAPSODY』での、威風堂々として吹っ切れたパフォーマンスこそが清志郎のキャリアのハイライトであることは誰もが認めるところだろうが、でも僕は、それより以前に発表された76年作『シングル・マン』で出会える、〈未来のことなんて何もわからず、自分を受け入れてくれる明日が本当に来るのかさえよくわからず、不安や焦燥感や恐れを抱きながら、それでも同じ夢を見続けていくんだ!〉と身悶えしているような清志郎が大好きだった。

 この世界ではこうして別れがやって来てしまったけれど、僕たちもいつかは清志郎が渡っていった銀河の星粒のひとつとなって彼と再会できるだろう。また会いましょう、清志郎! *鈴木智彦

忌野清志郎 『KING』 ユニバーサル(2003)

 新緑の眩しい爽やかなある朝に代々木公園をジョギングしていた、タイマーズを聴きながら。というのも、偽善、欺瞞、平気な顔で悪さをするヤツらが蔓延りまくってる社会に対して憤りを感じまくっていたから。タイマーズの歌たちはそんな心に愉快痛快に効きまくって、軽快なステップでビンビンに飛ばしまくる。そういえば、タイマーズでギンギンに怒りまくってた頃のキヨシローはいまのオレと同じ年だったんだよなあ、なんて考えながら。

 その2日後ぐらいにキヨシローの訃報が入ってきた。それから数日間、ネットでもTVでも、それに会う人会う人がみんなキヨシローの話をするもんだから、ボディーブロウのように少しずつ、喪失感、虚無感のようなものが心のなかに広がってきた。でも、キヨシローだったら人には誰でも遅かれ早かれ必ず死が訪れるんだぜ、だから生きてるうちは、悲しい気分なんかブッ飛ばしちまえよ、ってブルース・マナーを貫くはずだぜ、と思いながら平静をキメ込んでたわけだ。

 暗黒の10代、ジョン・レノンとボブ・ディラン、そんでキヨシローのメッセージだけが鎮痛剤で安定剤で、〈生〉との最後の和解の鍵というドラッグとして服用、常用、悪用、乱用してなんとか生き延びられたことを思い出す。サイン・コサイン・タンジェントなんかより、学校の屋上で心地良い陽射しと青空の下、寝転んでタバコを吹かしながら、ウォークマンから聴こえてくるRCの歌のほうがずっとず~っと大事なことを教えてくれてるってビシバシ感じまくっていた、キヨシローの実家と眼下に広がる国立の街をボ~ッと眺めながら。放課後にダチ公どもとツルんでチャリンコをブッ飛ばす多摩蘭坂も国立の駅へ続く下り坂もどうってことのないただの新興住宅街にある坂道だったし、親父の車でブッ飛ばす真夜中の甲州街道も何があるってわけでもなかったけど、RCの歌があったからこそロマンティックに、ドラマティックに感じられた。ん? もしかしたらキヨシローのおかげで、それはそれで結構楽しい日々だったのかもしれん、いま思い返してみると。

 キヨシローが近所に住んでたってことをニュースで初めて知った。栗原清志さんにはもう会えないけど、忌野清志郎にはこれまでとな~んも変わらず、これからもオレの日常生活の一部として会い続けるよ。この40年間であなたが生み出し続けてきた、そのブッ飛んでサイコーにイカしたキレッキレでゴキゲンな歌たちを通して、いっしょになってワクワクドキドキしたり怒ったり、イキがったりビビッたり、調子に乗ってハメをはずしたり、ブーブー文句言ったり、おちょくったり、笑ったり泣いたりとかして、ず~っとこれからもお世話になり続けるぜ、ベイベー。よろしく! それと最後に、感謝してます!! *ダイサク・ジョビン

【お知らせ】タワーレコードでは6月28日(日)まで、忌野清志郎関連作品が一部10%オフになる追悼キャンペーンを実施しています!

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