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特集

Blue teardrops are falling(5)

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2009年05月14日 11:00

更新: 2009年05月14日 17:40

ソース: 『bounce』 309号(2009/4/25)

文/出嶌 孝次

ふたつの別れ

 ジャンは74年に娘のノーナを、翌年には息子のフランキーを出産している。が、若い愛人のために新居を構えたりしてカネを使いまくった挙げ句、レコーディングにもライヴにもまったく積極的ではなかったのだから、経済的に逼迫するのも当然だったろう。しかも75年にはアンナに離婚裁判を起こされ、マーヴィンは100万ドルの慰謝料を請求される。裁判は長引くもののマーヴィンにカネがない状態は変わらず、最終的には次のアルバムからの利益をアンナに支払うという取り決めがなされ、77年にようやく離婚が成立した。

 ここでサラリと何かを出して終わりにできないのがマーヴィンの良いところ(?)で、結果的に完成した『Hear, My Dear』(78年)はまたしてもマーヴィンが偏執的に入れ込んだ凄まじいアルバムになっていた。ここでは穏やかに〈アンナ、楽しんで聴いてね〉と歌いかけ、ふたりの出会いからのラヴストーリーを振り返っていく……のだが、以降はいささか分裂的にアンナへの怒りが感情の激しい起伏を呼び起こし、それがソウルフルな歌声とフリーキーな曲調で表現されていくのだ。慰謝料について〈これで十分だろ?〉と皮肉を吐き捨てたかと思えば〈輪廻したらまた会いたいね〉とのたまい、終いには〈いま恋してるから俺は幸せです〉などと歌ってしまう。アンナが楽しんで聴けるはずもない。当時は酷評されることになったこの『Here, My Dear』だが、サウンドの混沌としたエッジーな格好良さもあって、現代のリスナーなら楽しめるはずだ。

 そのようにしてようやくジャンと結婚したマーヴィンではあったが、79年には彼女と子供たちまでもが、麻薬癖に嫌気がさしたという理由で家を出ていってしまった。しかも、かつての自分のように若々しいセックス・アピールで女性たちを虜にしていたテディ・ペンダーグラスと同棲を始めたのだ。この事実は40の大台を迎えたマーヴィンを打ちのめしたに違いない。同年には時流を鑑みたラップ調のディスコ・ファンク“Ego Trippin' Out”を新作『Love Man』の先行シングルとして発表するのだが、気が乗らなくなったのか、彼はまたしてもリリースを取りやめてしまった。

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