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Blue teardrops are falling

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2009年05月14日 11:00

更新: 2009年05月14日 17:40

ソース: 『bounce』 309号(2009/4/25)

文/出嶌 孝次

崖っぷちを歩き続けたダメ男


  アメフト選手になる──モータウンという人気レーベルに所属し、成功を心ゆくまで楽しめばいいはずのスター歌手がそう言ってトレーニングを始めたのだ。70年代が幕を開けた頃、マーヴィン・ゲイは普通じゃなかった。ヴェトナム戦争が長期化し、世の中は翳りに満ちていたが、彼の心もずっしりとした鈍色の雲に覆われていたのだ。例えば、絶頂期のマイケル・ジョーダンが(最初の)NBA引退を表明した後で、周囲から見れば不可解なMLB挑戦をブチ上げたことを、覚えている人も多いだろう。何かが心のなかから欠落した時、人は他人には理解できない論理に至ることがある。ジョーダンは父親を突然失った。マーヴィンはタミー・テレルの葬儀で人目を憚らずに泣きじゃくっていたという。

 人と会うことを避けて引きこもり状態になった彼は、薬物依存を深めていった。後世のわれわれから見れば馴染み深いボサボサの無精髭が伸びっぱなしになったのもこの頃だろう。アンナとの結婚生活も修繕できないほどに綻びが広がっていた。彼がオリジナルズに書いた(しかもアンナと共作で)美しい“Just Keep You Satisfied”は、妻の不貞を咎める夫の物語になっている。そうした酷い現実から目を背けるための、夢のようなデュエット・パートナーも消えた。いろいろなものを失ったマーヴィンが、何か無理矢理にでも夢中になれるものを探した気持ちはよくわかる。しかしながら、彼に似合うのがフットボールではなく音楽だということは明白だった。

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