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特集

GRANDMASTER FLASH

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2009年05月07日 12:00

更新: 2009年05月07日 17:34

ソース: 『bounce』 308号(2009/3/25)

文/高橋 芳朗


 「ヒップホップの物語を事細かに聞いたことがある人間なんて、いまのヒップホップの認知度に比べたら、本当にごくわずかしかいない。俺がいかにして曲のある一部分を抜き出して、それを何度も何度も繰り返すテクニックを思いついたのか。そんな話をしても、きっと多くの人々は〈それで?〉って不思議な顔をするだけだろう。でも、その顛末をちゃんと丁寧に説明すれば……俺がそこに辿り着くまでにどれだけの時間自分の部屋にこもり、どれだけのレコード針をダメにして、どれだけのワイヤーを切断したのか。ただ内部の構造が知りたくて、もしくはある部品がどうしても欲しくて、家中の電気製品を解体してどれだけこっぴどく叱られたのか……そんなところまでちゃんと話せば、若い連中ももしかしたら耳を傾けてくれるかもしれない。いまあたりまえのように行なわれていることが、形になるまでにどれだけの犠牲が払われてきたのか。それを語る本もTVも、世の中にはまだまだ少なすぎるんだ」。

 世に存在する、どのヒップホップの歴史書でも構わない。それを紐解いてみれば、グランドマスター・フラッシュのわくわくするような英雄譚が、かなりの文字を費やして綴られているはずだ。その物語は驚きに満ち溢れていて、でもとてもロマンティックで、彼の数々の閃きに神の祝福があることを祈りたくなるような、そんな昂揚感を与えてくれる。だが残念なことに、そこに書かれているフラッシュの偉業のうち、録音物として記録されているようなものは、ほんのごくわずかしかない。逆にフラッシュの強い影響下にあったり、彼の発明の恩恵に授かっている作品は、それこそ目を瞑ってでも引き当てられるぐらいたくさんあるが、それらはいまではあたりまえになりすぎていて、もう誰もいちいち気に留めていないし、そもそもそれらがフラッシュのインスピレーションの賜物だということすら知られていない。

 ヒップホップの誕生とそれにまつわる発明の多くは、基本的に音源ではなく証言で伝えられてきたこともあって、こうしてパイオニアたちの功績がおざなりにされてしまうことが往々にしてある。それはストリート・カルチャーの宿命なのかもしれないが、だからこそ機会あるごとに何度でも執拗に言い続けて、いつどこで誰が何を始めたのかを後世に確実に伝えていかなくてはならない。今回ここで皆さんに確認してもらいたいことは、たったひとつのシンプルな真実。グランドマスター・フラッシュのパッションとイマジネーションのおかげで、いまのDJは存在することができている――別にこれは、大袈裟な話でも何でもない。

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