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特集

1995...WHAT DOES IT MEAN? 95年、何が起こってたんだ? 何が始まってたんだ?

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2009年01月15日 12:00

更新: 2009年01月15日 17:43

ソース: 『bounce』 303号(2008/9/25)

文/一ノ木 裕之

 スチャダラパーと小沢健二が共作した“今夜はブギーバック”やEAST END×YURIの“DA.YO.NE.”のヒット、さらにはmc A.T.の登場などにより、〈ラップ〉なるものの認知が一気に広がったのは94年のこと。その状況を受けて幕を開けた95年――キングギドラが『空からの力』をリリースしたこの年は、ハードコアなレヴェルでも日本語ラップがターニング・ポイントを迎えた重要な年だった。

 まず、雷(現Kaminari Kazoku.)のメンツを軸にした横の繋がりをアンダーグラウンドなシーンの胎動として伝えた前年スタートのイヴェント〈Black Monday〉が、〈暗夜航路〉を経て〈亜熱帯雨林〉~翌年の〈鬼だまり〉へとスケールとキャパシティーを大きくしつつ引き継がれ、ムーヴメントを牽引。リリース面でも、RHYMESTERの傑作セカンド・アルバム『EGOTOPIA』に続き、MUROとTWIGYらによるMICROPHONE PAGERの『DON'T TURN OFF YOUR LIGHT』と待望久しいグループが相次いでアルバムを発表したほか、ZEEBRAやRAPPAGARIYAらが参加したコンピ『悪名』、さらにMELLOW YELLOWやLAMP EYE、NYから帰国したBUDDHA BRAND(CDリリースは翌年)の作品がリリース。日本語ラップの後の雛形となるスタイルと、ヒップホップの根っこを成すメンタリティーを提示し、前年のヒットと共にシーンが危惧する日本語ラップの商業化に対するカウンターたる動きとなった。

 この年にECDがアルバム『Homesick』でTWIGYとYOU THE ROCKを迎えて制作した“MASS対CORE”もそうした危惧を楽曲化したものであり、当時のアンダーグラウンド・シーンを代弁する声だったのだ(一方、同年にスチャダラパーの発表した『5th WHEEL 2 the COACH』がオーソドックスなヒップホップ・センスをそれまで以上に提示したものであったことは、彼らにさえ向けられた疑念に対するアンサーのひとつだったとも言えるだろう)。そして、それは漫画家の故・中尊寺ゆつこによる呼び掛けで年末にスタートした月1のFM番組「ヒップホップ・ナイトフライト」(YOU THE ROCKがホストを務めた)、翌年にECDプレゼンツで実現したビッグ・イヴェント〈さんピンCAMP〉などに引き継がれ、さらに広く日本語ラップの種を蒔いていくことになる……。


BUDDHA BRANDの96年作『人間発電所プロローグ』(cutting edge)

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