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特集

ZEEBRA(3)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2009年01月15日 12:00

更新: 2009年01月15日 17:43

ソース: 『bounce』 303号(2008/9/25)

文/升本 徹

一点突破

 そしてリリースされたソロ・デビュー・シングル“真っ昼間”(97年)ではグループ時代とは異なるピースフルな面を強く感じさせ、続く初のソロ・アルバム『THE RHYME ANIMAL』(98年)でもアンダーグラウンド感は抑え気味に、ヒップホップの魅力をポジティヴに、またわかりやすく詰め込みながらメジャーのフィールドでも十分に対応できるクォリティーに作り上げ、以降、アンダーグラウンドとオーヴァーグラウンドのバランスを絶妙に保ったZEEBRAのスタイルは日本語ヒップホップのスタンダードのひとつとなっていく。

 翌99年には交流のあったDragon Ashの“Grateful Days”に客演。同曲はオリコン1位を獲得するほどの人気を集めるものの、後にそのスタイル剽窃を巡ってDragon Ashとは縁を断つことに。しかし同曲の大ヒットによってヒップホップ・リスナー以外にもZEEBRAの名が浸透したのは事実であり、同様にヒップホップもよりお茶の間に身近な存在となっていったのである。それに危機感を募らせたのか、大きな注目を集めるなかで打たれたZEEBRAの次なる一手は、ドギツいまでにUSのメインストリーム・ヒップホップのサウンドとスタイルを踏襲/消化してみせた『BASED ON A TRUE STORY』(2000年)のリリースだった。タイトルどおり真実をベースに、よりタフでハードなストリート感を武装した同作はオリコン・チャートで3位を獲得する大ヒットとなり、ヒップホップが着実に日本にも根付いたことを証明することとなる。2002年にはそのハードな流れのままキングギドラをリユニオン。ここでもヒップホップ・マナーで綴られた過激なリリックが物議を醸すことになり、シングル盤の回収騒動にまで発展することとなったのだが、日本では珍しかった名指しのディス・チューン“公開処刑”を含むアルバム『最終兵器』も大きな注目とそれに匹敵する成功を収めることとなった。

 そうした野郎向けなバトル・モードの反動からか、その直後には盟友のDJ KEN-BO、R&Bプロデューサーの今井了介と共にプロデュース・チームのFIRSTKLASを結成。その後リリースされた『TOKYO'S FINEST』(2003年)はソロ3作目にして早くも達観したような印象さえ抱かせる、より幅広いリスナーへアピールできるギャル向けのパーティー・モードな内容に仕上がっていた。この圧倒的な振り幅の広さもZEEBRAの魅力のひとつと言えるだろう。徐々に成熟してきた日本のヒップホップ・シーンにおいて、自身の役目も一段落したと感じたのかどうか、この時期はTVドラマに出演したり、ヤクルト・スワローズとコラボしたり、と縛りのない動きで積極的に異業種へ活躍の場を広げていたのも印象的だ。以降は、シーンに激を飛ばすかのようなリリックが喝采を浴びた“Street Dreams”や、スウィズ・ビーツからスコット・ストーチ、安室奈美恵といった豪華な参加メンツが話題を呼んだ原点回帰的な『The New Beginning』を2006年に、BESやSIMON、D.Oらクルーの枠を超えた次世代のフックアップも話題となった『World of Music』を2007年にリリース。築き上げたキャリアがモノを言う幅広い視野からシーンを鼓舞するような作品をリリースしながらも、かつてのような気負いも薄れて、昨今は肩の力を抜いてマイペースに活動しているように思える。

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