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STUDIO VOICES

シーンはいかにして変声期を迎えたのか?

  オートチューンでヴォーカルを加工するという行為自体は目新しいわけではないし、T・ペインも自身をオリジネイターではなく〈オートチューン使いを復権させた〉と語っている。では、オリジンがどこにあるのかといえば、もはやさんざん語られているようにシェールの世界的なヒット・チューン“Believe”(98年)がそのひとつと言える。プロトゥールズの普及に伴い、ピッチ補正用のプラグインとして登場したのが、アンタレス・オーディオ・テクノロジーズ社のソフト「AutoTune」だった……などと書き出してはみたものの、DTMがわかる人に素人が説明するのもアホだし、筆者同様によくわからない人には結局わからないままだろうから、そういう技術的な説明はここではしません。オートチューンを音楽がおもしろくなる魔法のようなものだと思っておいたほうが、少なくとも素人耳の筆者には楽しかったりするし。

  実際にシェールの魔法は凄かった。異様な動きで歌声がドライヴするフックをいまも忘れられないという人は多いはずだ。また、同じ年にリリースされたキッド・ロックの出世作『Devil Without A Cause』には“Only God Knows Why”(2000年にシングル・ヒット)というオートチューン使いの曲が収められていて、これは後のT・ペインにも通じる独特のアーシーなソウル感を湛えた仕上がりだったことも付け加えておきたい。


  さて、オートチューン自体の本来の用途となるヴォーカル補正に関してはすぐに一般化したと考えられるので、ここで紹介するのはもちろんトークボックスやヴォコーダーのように声をわかりやすくいじったものオンリーということになるが、2000年を迎える頃にはJ-Popのフィールドにもその響きは入り込んでいく。その代表格こそ当時全盛を極めていた小室哲哉だ(間の悪い原稿だが他意はない)。小室をインスパイアしたのはダラス・オースティンやロドニー・ジャーキンスらが小技的に使っていた変声だと思われるが、自身のR&Bプロジェクト=Kiss Destinationはもちろん、ポップな曲調で人気を集めていた鈴木あみ(現・亜美)の歌声にもオートチューンをかけまくったのだからインパクトは強かった。この頃の彼女のCDには〈制作者の意図によりヴォーカルにエフェクト処理を施した箇所があります〉という注意書きが入っていたが、そうでもなければCDの故障か?と思われかねなかったのだろう。


  その鈴木亜美の声を中田ヤスタカが歪ませまくっている現在を思うと、時間の流れを痛感させられる……。それはさておき、その中田にも大きな影響を与えたであろう変声ボムが2000年の秋には登場している。そう、ダフト・パンクの“One More Time”だ。これまた多くの人の耳に残っているだろう、ロマンソニーの美声をロボテックに歪ませた魔法のようなフックはやがて世界中を席巻することとなった。

  ただ、ダフト・パンクのブレイクによってフィルター・ハウス人気が起こっていた頃、R&B/ヒップホップではあからさまなオートチューン使用はひとまず下火になる。

  2004年にはKREVAの“希望の炎”、MINMIの“アイの実”といったヒットにも魔法がかかっていたが(KREVAはその3年前にKICK THE CAN CREWの“クリスマス・イブRap”で変声期を迎えている)、それが早かったのか遅かったのか、T・ペインが大胆な活用法に踏み切るまではいずれも散発的な使用例に留まっている。

  そして、ダフト・パンク以降のフレンチ勢によってニュー・エレクトロが盛り上がりを見せ、以前にない形でヒップホップやR&Bともシンクロを始めた2005~2006年頃から、魔法は新たな解釈で息を吹き返した。ロック界隈ではDTMを起点として作られるエモ・サウンド=エモトロニカ勢が大きく台頭。Perfumeは〈テクノ・ポップ〉を標榜しながらフィルター・ヴォイスに活路を見い出して、後のJ-Pop変声化計画に先鞭を付けている。

  一方でT・ペインの活躍は変声に対するシーンの意識を更新し、ショーン・キングストンやドリームといった面々に道を拓くことに。それと並行して聴こえ方自体はオートチューンの変声とさほど変わらない昔の〈魔法の小箱〉=トークボックスのリヴァイヴァル評価も顕在化……と、順序も筋道もグチャグチャでまとまらない話だが、いまおもしろいと思う音楽を辿っていけば必ずその歌声に行き当たるという事実だけはシンプルだ──魔法は続く。

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2008年12月04日 12:00

更新: 2008年12月04日 18:42

ソース: 『bounce』 305号(2008/11/25)

文/出嶌 孝次

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