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特集

LEE "SCRATCH" PERRY(4)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2008年06月19日 11:00

更新: 2008年06月19日 17:00

ソース: 『bounce』 299号(2008/5/25)

文/池城 美菜子

音楽→ダブ→波動→思考+鼓動

 80年代は混沌の時期であった。オランダのレーベルが壊滅状態のスタジオの再建に力を貸すものの、ペリーの壊れ具合の方が激しく、改善できないまま事故で焼失してしまう。これ以降はジャマイカの外に活動の拠点と仲間を求め、各地のペリーの熱心なファンであるミュージシャンやプロデューサーとレコーディングを重ねた。同時に、以前の音源がさまざまなレーベルでコンパイルされたので、ディスコグラフィーを元に時系列で彼の軌跡を辿るのが難しいのである。おもしろいのが、リー・ペリー・チルドレンとも言える作り手たちが、パフォーマーとしての彼を熱心にサポートしたことだろう。ON-Uのエイドリアン・シャーウッドやアリワのマッド・プロフェッサーといった鬼才がツアーに同行、御大がマイクを握る間にエンジニア卓を操る姿が見られた。89年にNYレゲエの雄、ワッキーズを訪れ、1か月ほどロイド“ブルワッキー”バーンズやソニー落合(元祖レゲエ・フェス〈JAPAN SPLASH〉を始めた人だ)、マックス・ロメオと仕事をしたことも。この年、スイス人のプロモーター、ミレーユ・キャンベル嬢と結婚。精密機器で有名な国を安住の地とした。

 90年代に音楽制作と並行して精力的にツアーをこなしていたところを見ると、それまでのスクラッチ像を崩さない言動を取りながらも、心の平和はだいぶ取り戻したのではないか。日本で1回、NYで2回彼のパフォーマンスを観た際は、観客以上に本人がおもしろがって演っている印象を受けた。シンプリー・レッドやビースティ・ボーイズなど、ジャンルを跨いだ〈ペリー・シンパ〉とのコラボで新しいファン層を獲得し続けてもいる。ペリーは、過去形のレジェンドで終わることを良しとしない人なのだ。2005年にジャマイカを訪れた際は、島内でニュースになった。ショーン・ポールの成功に前向きなコメントを寄せ、コンサートのバックステージで当代の人気アーティストに囲まれていた様は、分別のある大御所といったところ(ハイレ・セラシエのイラストが張ってあるコラージュ靴も披露してくれたが)。奥さんのミレーユさんともとても仲が良さそうで、いろんな意味で現役なのだな、と感心した。

〈狂気〉がキーワードになりやすいリー・ペリーの音の魅力はしかし、うっかり吹き出してしまうようなユーモアと、後からじんわりくる温かさにある。音楽→ダブ→波動→思考+鼓動。この公式の大元にある、リー・ペリーのハートビートはたぶん、とても温かいのだ。
▼リー"スクラッチ"ペリーの関連盤を紹介。


『The Upsetter Selection : A Lee Perry Jukebox』(Trojan)

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