THAT'S ENTERTAINMENT(2)
「スタジアム級のアルバムだよ」(カニエ)
まずはカニエの『Graduation』から話を進めていくことにしよう。〈I'm like the fly Malcolm X/Buy any jeans necessary〉なんて粋なパンチラインを含む“Good Morning”で幕を開ける本作については、村上隆がデザインしたカヴァー・アートや東京で撮影した“Stronger”のプロモ・クリップといったヴィジュアル面についての話題が先行しているようだが、アルバムの制作にあたってキーンやキラーズからの影響を公言していたカニエの冒険心と好奇心は、サウンド面においても十二分に発揮されている。
「最近気に入っているのはトム・ヨークの『The Eraser』だよ。ちょうど“Stronger”を作ってる時に聴いていて、それでシンセサイザーを使うことを思いついた。シンセとサンプリングの組み合わせはいままでなかったコンビネーションなんだ。アルバム全体のサウンドについて言うと、フューチャリスティックな感じに仕上がってると思う。“Stronger”だけじゃなくて、全編がシンセサイザー中心のサウンドになってる。これまでヒップホップでは試されたことのなかった領域だよ」。
“Big Brother”の冒頭でカニエが呟く〈スタジアム・ステイタス〉なるフレーズ、これこそが『Graduation』を解くキーワードだ。ダフト・パンクの“Harder, Better, Faster, Stronger”を引用した“Stronger”、スティーリー・ダン“Kid Charlemagne”のサンプリングも狂おしい“Champion”など、シンセサイザーがもたらすダイナミックなカタルシスはロックのそれに共通するものがある。
「ローリング・ストーンズやU2とツアーした時はスタジアム自体がクレイジーなぐらいに盛り上がったんだけど、『Graduation』はまさにスタジアム・スケールなアルバムと言っていいだろうな。“Stronger”はもちろん、クリス・マーティン(コールドプレイ)との“Homecoming”もスタジアムで映える曲で、ピアノの音も圧倒的だしコーラスも抜群にいい。“Can't Tell Me Nothing”にしてもスタジアム・ソングと言っていいだろうね。こいつはロック並みに盛り上がるはずだよ」。
恩師であるジェイ・Zに捧げた先述の“Big Brother”(〈I told Jay I did a song with Coldplay/Next thing I know, he got a song with Coldplay〉のラインに注目!)では、T.I.とのコラボ・アルバムも噂されているトゥーンプを制作に起用。その他、“Good Life”と“Can't Tell Me Nothing”にも携わっている彼は前作『Late Registration』でのジョン・ブライオンにあたる存在と言ってもいいかもしれない。
「トゥーンプのドラム・サウンドに惹かれたんだ。彼にはヒップホップのきちんとしたバックグランドがあるし、音楽にはエモーションがあるんだってことをわかってる。『Late Registration』でのジョン・ブライオンにしてもそうだけど、違ったタイプのミュージシャンと仕事をするとおもしろいアイデアがどんどん出てくるんだ」。
その“Good Life”や“Stronger”ではドラム・プログラミングをティンバランドに委ねたりと、音の細部にわたって執拗なこだわりが注がれた『Graduation』。角帽の舞うキャンパスを飛び立った蟹江くんがこの偉大な成果を手にしてどこに向かうのか、さしあたってはルーペ・フィアスコとファレルとの3人から成る新プロジェクト=CRS(カニエいわく「それについて喋ると瞬時に死ぬ」)の動向に注目したい。
「今回は音楽についていままで以上に学ぶことができたね。ラップにしてもトラック制作にしてもそう。特にいろいろなビートを試してる段階で勉強になることが多かった。ドラム・サウンドは前作とまったく違う質感になってるよ。この『Graduation』をCDプレイヤーに入れて再生ボタンを押せばすぐに感じ取れるはずさ」。
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