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Bjork(2)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2007年05月24日 11:00

更新: 2007年05月24日 17:47

ソース: 『bounce』 286号(2007/4/25)

文/岡村 詩野

世紀のポップ・アイコンの誕生

 ビョーク(本名はビョーク・グズムンヅドッテル)は65年11月21日に、アイスランドのレイキャビクで生まれた。6歳から14歳まで地元の音楽教室でクラシックを勉強、フルートやピアノを学んでいたが、77年(11歳の時)に本国で幻のファースト・アルバム『Bjork』(現在は入手困難)を発表する。しかし、その後はスピット・アンド・スノット、エクソダス、タッピ・ティカラス、そしてククルといったゴス・パンク系のバンドで活動。とりわけククルは、クラスが主宰するUKのレーベルからアルバムを出すなど地元レイキャビク内に留まらず、広くヨーロッパでも話題を集めた。

 86年6月、当時の夫だったソー・エルドンとの間に息子のシンドリが生まれたと同時に、そのソーらとシュガーキューブスを結成する。メンバー的にはククルからの流れを受けてスタートさせたようなバンドだったが、サウンドはよりダンサブルなポップ・チューンへの傾倒を打ち出しており、88年にワン・リトル・インディアンから発表されたファースト・アルバム『Life's Too Good』は、先行シングル“Birthday”の好セールスも手伝って世界的なヒットとなった。89年のセカンド・アルバム『Here Today, Tomorrow Next Week』以降は、地元のジャズ・ミュージシャンと共に『Gling-Glo』をリリースしたり、808ステイトのレコーディングに参加するなどより大きな受け皿を求めて活動の場を広げることとなり、結局92年のサード・アルバム『Stick Around For Joy』とリミックス・アルバム『It's It』を残して、シュガーキューブスは解散するのだった。

 しかしながら、93年にはソウルIIソウルのネリー・フーパーをプロデューサーに迎えたファースト・ソロ・アルバム『Debut』を早くもリリース。挑発的でキッチュなヴォーカルと、ハウスからスタンダード・ジャズまでを視野に入れたユニークなトラックが化学反応を起こしたような同作は、全世界中で大ヒットを記録し、新たなポップ・ミュージックの可能性を示した。

 その後のビョークは、飛ぶ鳥を落とす勢いでファッション、アート、映画などあらゆるシーンを巻き込みながらポップ・カルチャーの最前線を突っ走っていく。ネリー・フーパー、ハウィーB、トリッキーらと組んだセカンド・アルバム『Post』(95年)ではフセイン・チャラヤンが、続くサード・アルバム『Homogenic』(97年)ではアレキサンダー・マックイーンがそれぞれジャケットの衣装を担当するなど、世界でもっとも先鋭的な服飾デザイナーがビョークのためにインスピレーションを働かせるようになったのもこの頃のこと。

 また、盲目の女性(セルマ)を熱演した映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で女優としても高く評価され、そのサントラ『Selmasongs』(2000年)で数々の賞を受賞するようになった頃には、授賞式でビョークがどんな奇抜な衣装を見せてくれるのかにも注目が集まるようになる。もはや泣く子も黙る世界のセレブ、ポップ・アイコンになっていたのだ。

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