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特集

WHEN THE PARTY IS OVER... 80年代初頭に一大ムーヴメントを起こしたネオアコってなんだ?

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2006年11月22日 12:00

更新: 2006年11月22日 18:40

ソース: 『bounce』 281号(2006/10/25)

文/村尾 泰郎

 ジョン・ライドンが〈ロックは死んだ〉と吐き捨てた時、パンク・ジェネレーションの子供たちは商業化していくパンクを悲しい眼差しで見つめていた。そして、パンクのDIY精神を受け継いで、ロック・シーンに新しい種を蒔きはじめる。それがネオ・アコースティック、すなわち〈ネオアコ〉だ。そんなわけで、ネオアコはインディー・ネットワークから広がっていった。

 例えば、78年に設立されたチェリー・レッドからはマリン・ガールズ、ベン・ワット、フェルト、モノクローム・セットなどが登場。センシティヴなサウンド・カラーで、ネオアコのイメージを形作っていった。そして、そのチェリー・レッドのスタッフとして働いていたマイク・オールウェイが、独立して立ち上げたのがエル。ルイ・フィリップ、キング・オブ・ルクセンブルグ、マーデン・ヒルなど、エレガントなポップ貴族を生み出したエルは、90年代に一大ムーヴメントを巻き起こした〈渋谷系サウンド〉にも大きな影響を与えている。そのほか、ベルギーに拠点を置くクレスプキュールからはペイル・ファウンテンズやヤング・マーブル・ジャイアンツが、スコットランドのポストカードからは、オレンジ・ジュースやアズテック・カメラが登場し、やがてメジャーという表舞台へと進出するバンドも現れはじめる。そんななか、クレスプキュール、ラフ・トレード、チェリー・レッドが共同でワーナー傘下に立ち上げたブランコ・イ・ネグロからは、エヴリシング・バット・ザ・ガールやモノクローム・セット、意外なところでは、ジーザス&メリー・チェインもメジャー・デビューを飾った。80年代に生まれたネオアコは、その瑞々しい歌とインディー・スピリットで、20年以上経ったいまも〈ネオ〉であり続けている。初期パンクが倒れた荒野に咲いた小さな花、それがネオアコの輝きなのだ。

▼文中に登場したアーティストの作品を紹介

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