Everything But The Girl
エヴリシング・バット・ザ・ガール――この風変わりな名前は、2人が通っていた大学の近くにある中古家具店の店先に掲げられたフレーズから拝借したのだという。『Walking Wounded』にはカタカナで〈イービーティージー〉とプリントされていた。
偶然に引き合わされた2人
エヴリシング・バット・ザ・ガール(以下EBTG)のトレイシー・ソーンとベン・ワットは共に62年生まれ。80年代初めにまずそれぞれの道でキャリアを歩みはじめている。ロンドンの北に位置するハートフォード州ブルックマンズパークで生まれたトレイシーは、スターン・バップスなるバンドを経てマリン・ガールズを結成。81年に“A Day By The Sea”をベースにした『Beach Party』(当初はカセットテープ作品)で注目を集め、彼女らの音はチェリー・レッドのA&Rだったマイク・オールウェイの耳にも留まることになった。ハル大学への進学で他のメンバーと活動の場が離れてしまったトレイシーは、82年の夏にソロ・アルバム『A Distant Shore』も発表している。
EBTGも動き出していた。偶然にも同じ大学に通い、偶然にも同じレーベルに所属していた2人はマイク・オールウェイの勧めもあって握手を交わし、有名なコール・ポーターのスタンダード“Night And Day”をカヴァーしたシングルを82年6月にリリース。いまや伝説的なレーベル・コンピ『Pillows & Prayers』もインディー・チャートで大ヒットを記録し、トレイシーとベンの才能を広くアナウンス。一方、マリン・ガールズは『Lazy Ways』で飛躍的に成長したサウンドを聴かせたものの、このセカンド・アルバムを最後のディスコグラフィーとした。
ベンはサウスウェスト・ロンドン生まれ。オーケストラ・アレンジでも知られていたジャズ・ミュージシャンの父と女優/ジャーナリストの母のもと、音楽一家らしく、ジャズ、ロック、ポップス、AOR、グラム・ロックにパンクなど、さまざまな音楽に囲まれて育った。81年にチェリー・レッドから“Can't”でデビューし、82年にソロ・アルバムを発表。ジャケットのモノクローム写真も代弁する、ちょうど今頃から寒い季節に聴きたくなるようなメランコリックな佇まいの『North Marine Drive』は、まさに色褪せることのない名盤。CD化の際、そこに追加収録されたロバート・ワイアットとの共演EP『Summer Into Winter』も同年にリリースされている。
EBTGは、インディー・マーケットの拡大を背景にラフ・トレードのジェフ・トラヴィスやマイク・オールウェイらによってワーナー傘下に設立されたブランコ・イ・ネグロで、本格的な活動をスタートさせる。そして84年の春、当時ウィークエンドやシャーデーのジャジーなプロダクションで手腕を発揮していたロビン・ミラーをプロデューサーに迎えてファースト・アルバム『Eden』を発表した。
この時期のEBTG関連作は、日本ではネオ・アコースティック(ネオアコ)の必需品として知られている。メロディアスでブリージンなアコースティック・サウンドはネオアコ、またはカフェ・ミュージックとして人気が高いが、お洒落なアクセサリー感覚のイメージが強いせいでジャズやボサノヴァといった要素を柔軟に採り入れたクロスオーヴァー性が埋もれてしまっていたとしたらもったいない。自由にジャンルを行き来するDJ的な感覚が自然に身に付いている現在の価値観で耳にすると、またフレッシュだ。
ジョニー・マー(スミス)のハーモニカで始まる“Native Land”を経て、85年に『Love Not Money』を発表。86年には流麗なストリングスに乗ってトレイシーがしなやかに歌うオーケストラル・ポップ盤『Baby, The Stars Shine Bright』をリリース。ロッド・スチュワートのヒットで知られるクレイジー・ホース“I Don't Want To Talk About It”のカヴァーが全英3位のヒットを記録した88年には、打ち込みにトライしつつも無駄のないシンプルなEBTGサウンドが聴ける『Idlewild』を発表する。90年の5作目『The Language Of Life』はLAで制作。60年代のA&Mでの活躍やジャズ・クロスオーヴァーの立役者としても有名なトミー・リピューマのプロデュースのもと、ジャズ界の大物たちを従えたソフトなアーバン・サウンドを生み出してファン層を拡大した。91年には『The Language Of Life』とワールド・ツアーの経験を踏まえて、従来のアコースティック・ポップスをアップグレードした6作目『Worldwide』を発表するものの、翌年ベンが大病を患って一時療養生活を余儀なくされた(この闘病記を中心とした著書「Patient」がある)。
92~93年には企画編集盤――EP盤『Covers EP』に収録された曲や過去の曲の別テイクを集めたアコースティック曲集『Acoustic』、レアなトラックも聴ける『Essence And Rare 82-92』、サイモン&ガーファンクルのカヴァーなど2曲のフィル・ラモーン制作曲を含む初のベスト盤『Home Movies』――が相次いでリリースされた。EBTGは始まりからカヴァーだが、数多いカヴァー作品の選曲からも彼らの歌心をキャッチできる。
▼絵ブリシング・バット・ザ・ガール以前の2人の作品を紹介
▼エヴリシング・バット・ザ・ガールの編集盤を紹介。
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