OH, WHAT A BEAUTIFUL SONGS HE HAD キャッシュが甦らせ、キャッシュを甦らせた歌たち
ジョニー・キャッシュの存在が若い世代の間でクローズアップされたのは、リック・ルービンと組んでアメリカンからのリリースを開始した90年代半ばあたりからのことだった。そして、キャッシュのそのディープな世界の入り口となったのが、この時期以降顕著になってきたユニークなカヴァーの選曲センス。活動初期からさまざまなジャンルの楽曲を積極的に取り上げてきたキャッシュとはいえ、それら原曲のすべてを本人がチェックしていたとは思えないし、リック・ルービンの〈入れ知恵〉もあったはずだが、それでもなお随分と下の世代の楽曲を余裕綽々で歌うその姿には驚かされたものだ。
まず、『American Recordings』(94年)のなかで興味深いのは、この時期レーベルメイトだったダンジグの“Thirteen”を取り上げていたこと。同作ではトム・ウェイツ、レナード・コーエン、ニック・ロウのカヴァーもあるが、このデモニッシュなメタル・バンドのカヴァーはひときわユニークに輝いている。続く『Unchained』(96年)では、ジミー・ロジャースらの楽曲に混じってサウンドガーデン“Rusty Cage”とベック“Rowboat”のカヴァーを、2000年の『American III : Solitary Man』ではボニー“プリンス”ビリーの“I See A Darkness”を披露し、後進からのエールに堂々たるリメイクという形で答えてみせた(後者には何かと縁深いU2“One”のカヴァーも)。
そして、決定的だったのは2002年の『American IV : The Man Comes Around』だ。ビートルズ“In My Life”はともかく、デペッシュ・モード“Personal Jesus”、スティング“I Hang My Head”、そして極めつけはナイン・インチ・ネイルズ“Hurt”……80~90年代以降のロックにオルタナティヴな流れを作った連中の楽曲を積極的に取り上げながら、彼以外の何者でもない歌に仕立て直したキャッシュ。だからこそ、死後もなおその影響力が弱まることはないのだ。
▼文中で紹介した楽曲のオリジナルが聴ける作品を一部紹介
ベックの94年作『Stereopathetic Soul Manure』(Flipside)