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カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2006年09月07日 12:00

更新: 2006年09月21日 21:36

ソース: 『bounce』 279号(2006/8/25)

文/森 穂高

愛らしい歌唱とルックスで新風を巻き起こす!


  R&Bを歌うジャマイカ人女性シンガーはいままでにも数多くいたが、どこかみんな背伸びをしている感が漂っていたのも事実。そんななかでブリブリのダンスホールもポップでキャッチーなR&Bも、どちらも同じようにさらりと歌いこなすタミー・チンには新しい風を感じざるを得ない。アメリカのメジャー・レーベルがいち早く目を付け、本国ジャマイカでの本格的なブレイク前に世界デビューの話が実現した理由も、やはりそのあたりにあったのだろう。

「音楽の幅が広くなったのは、両親のおかげね。母はトランペット奏者で歌も歌うし、父はドラムやギターを演奏するの。両親がいろいろな音楽を聴いていたから、私もその影響を受けてるわ。ビートルズとかカーペンターズ、ミシェル・ンデゲオチェロ……とにかく何でも聴くわよ。それに小さい頃からずっと歌が好きだったの。そんな私の才能を見抜いたのか、母は私をジャマイカにあるパフォーミング・アーツの学校に入れてくれたのよ。だから、小さい頃から音楽に親しむチャンスがとても多かったわ」。

 確かに、現場叩き上げ系の粗削りなアーティストが多いジャマイカのミュージック・シーンにおいて、彼女にはいい意味での芸能志向のようなものを感じる。実際、ここ数年は7インチ・シングルのリリースなどで地盤固めをしてきた彼女だが、同時期にウェイン・マーシャルのプロモ・クリップに彼の恋人役で出演したり、それ以前にはシャギーのツアーにバック・ダンサーとして参加するなど、柔軟性に富んだ活動で特異なキャリアを築き上げてきた。そうしたなかで、ダンスホールのコアな部分とR&Bやポップスのフレイヴァーを巧くミックスする手法を身に付けていったのだろう。

 「14歳の時からイギリスの高校に留学していたの。高校を卒業したらパフォーミング・アーツのカレッジに通おうと思っていたんだけど、その時に〈何でわざわざ学校に行く必要があるんだろう?〉って思ったのよね。好きなことなんだから、学校に行かなくたっていいでしょ!? それで、ジャマイカに戻って本格的に音楽をやってみようと思ったの。不思議なことに、ジャマイカを離れて初めてダンスホールに目覚めた感じなのよ。故郷を離れると何でもいいから故郷を思い出したくなるじゃない? そういう意味で、ジャマイカの音楽をよりいっそう聴くようになったわね。自分がどういう人間なのかって客観的に考えるようになったし。留学は自分を知るうえで、とても重要な経験になったと思うわ。とにかくジャマイカのカルチャー、食べ物、人々……何もかもが恋しくなっちゃった!」。

 そんな彼女の人生経験やキャリア、音楽的な趣向がすべてミックスされて完成したのが、リリースされたばかりのファースト・アルバム『Out Of Many... One』。サウス・ソウル、レナサンス、レフト・サイド&エスコなどによる的確なプロダクションもあり、彼女の多彩な音楽性が反映された色鮮やかな作品に仕上がっている。

「私にはヨーロッパ系やアフリカ系、中国系など、いろいろな人種の血が流れてるの。そういう意味で〈たくさん〉のなかから生まれた個性を持つ〈ひとり〉の人間、それが私なのよ。それに音楽面でもいろいろなスタイルを採り入れてるから、そういう意味も込めて『Out Of Many... One』というタイトルを付けたの」。

 シンガーとDJという違いや音楽性の違いはあるものの、バックグラウンドやミュージック・シーンにおける立ち位置、めざしている方向性などから彼女とショーン・ポールには多くの共通点を感じる。先輩格の彼に続き、彼女がジャマイカを代表する音楽大使として世界を股に掛けた活躍を目にする日も近そうだ。タミー・チンにはそれを実現させるだけの十分な資質がある。
▼タミー・チンがゲスト参加している作品を紹介

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