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特集

角松敏生(2)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2006年08月24日 11:00

更新: 2006年08月24日 22:58

ソース: 『bounce』 278号(2006/7/25)

文/金澤 寿和

最先端を走る角松サウンド

 角松敏生をよく知る人の間では、彼の評価は絶対的である。大滝詠一『A LONG VACATION』や山下達郎『FOR YOU』など、シティー・ポップ黎明期を支えたアーティストがヒットを飛ばした80年代初頭、そうしたリゾート・サウンドの寵児として同世代リスナーの支持を一身に受けた彼。81年のデビュー・アルバム『SEA BREEZE』では良質の和製AORを歌い、セカンド・アルバム『WEEKEND FLY TO THE SUN』ではLAへ飛んで、アース・ウィンド&ファイアのメンバーやクインシー・ジョーンズお抱えのミュージシャンとスタジオ入りした。そして初のセルフ・プロデュース作『ON THE CITY SHORE』では、自身のバンドの若々しいサウンドに弾けるような海や街への想いを乗せた。しかし彼の視線はすぐに都会のナイト・ライフに注がれ、NYのダンス・サウンドや攻撃的なファンク・ミュージックに傾倒していく。そこからがサウンド・クリエイター、角松の本領発揮となった。

 まず83年10月には、当時の日本では珍しかった12インチ・シングル“DO YOU WANNA DANCE”をリリース。音楽シーンがチャカ・カーン『I Feel For You』でのグランドマスター・メリ・メルのラップに度肝を抜かれた時には、角松も4枚目のアルバム『AFTER 5 CLASH』(84年)にラップを導入していた。ターンテーブルでスクラッチを披露、その後ろでダンサーがブレイクダンスを踊り、ラッパーが入り乱れる、そんなライヴ・パフォーマンスを展開したのも角松が日本初だ。そして85年作『GOLD DIGGER ~with true love』では、ルーサー・ヴァンドロスのエンジニアとして著名なマイケル・ブラウアーとタッグを組み、ラップ、スクラッチ、エディットを駆使したセクシーな最先端のアーバン・サウンドを構築した。ソウルやR&Bの影響を受け、それを歌で表現していた先輩アーティストは少なくなかったが、彼のようにサウンド・スタイルやヒップホップ・カルチャーを自分の音楽に採り入れた人はいなかった。ちなみに、日本にブラック・ミュージックを浸透させたとされる久保田利伸は86年のデビュー。角松はこの年、6枚目のアルバム『Touch And Go』で〈レコード大賞優秀アルバム賞〉を受賞している。その先駆者としての功績が、業界のお歴々を唸らせた瞬間だった。その後も彼は、マイルス・デイヴィス・グループ出身のレニー・ホワイト、アート・リンゼイ、ケニーGやキャリン・ホワイトを育てたジェフ・ローバーらともコラボレート。とりわけシステムとの縁は深く、彼らのアルバムには角松への謝辞が寄せられている。

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