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特集

角松敏生

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2006年08月24日 11:00

更新: 2006年08月24日 22:58

ソース: 『bounce』 278号(2006/7/25)

文/金澤 寿和

ハイセンスなポップ・ソングを求めて走り続けてきたひとりのアーティストが、今年でデビュー25周年を迎えた。彼の奏でるサウンドは都会の夜を、リゾート地での夕暮れを、ベッドルームでの朝焼けを、そして退屈な日常のすべてを愛に満ちたスペシャルなものへと変えてしまう。ほら、今日もまた魔法仕掛けの音のシャワーがあなたの心の奥に降り注いで、いつまでも覚めることのない甘い夢を見せてくれるのだ


2001年8月、東京ビッグサイト特設ステージにて2日間の20thアニヴァーサリー・ライヴ。台風の影響で初日が中止となる。2003年7月、“君のためにできること”が初のシングル・チャートTOP10入り。2003年11月、2001年ライヴのリヴェンジを横浜アリーナで開催。2004~2005年、2枚組の大作『Fankacoustics』を引っ提げて全国都道府県ツアーを敢行。2006年6月、横浜アリーナで25thアニヴァーサリー・ライヴを開催──ざっとここ数年のエポックを挙げてみた。こりゃあまるで、TVやラジオを賑わせている旬の若手アーティストのバイオみたい。でも実際に演ったのは、今年デビュー25周年を迎えた大ヴェテラン、角松敏生だ。

「え、カルロストシキ!?」「いや違う、角松」「カドマツ、門松、なんかめでたい名前だね」「……」──。

 一般的な知名度なんて、そんなモノかも知れない。だがデビューから25年も経つのに、日本全国津々浦々を馬車馬のように駆け巡り、5年間で3度のアリーナ・ライヴを満杯にする。出すアルバムは軒並みTOP10入り。この6月に行われた25周年ライヴは、なんと日付が変わるまでの6時間公演(!)で、また新たな伝説を作った。そんな現役感バリバリの25年選手がどこにいよう? そもそも角松の名前は知らなくても、彼の作ったメロディーは多くの人が親しんでいるはず。例えば、NHK「みんなのうた」や長野オリンピックに使われてV6もカヴァーした“WAになっておどろう”は、彼の変名プロジェクト=AGHARTAでの作品。中山美穂の名バラード“You're My Only Shinin' Star”や杏里“悲しみがとまらない”も、彼のソングライティング/プロデュースによるものだ。他にもアイドルから大御所歌手、フュージョン系まで幅広く手掛け、アーティストとしての活動を〈凍結〉していた90年代中盤には小室哲哉や小林武史と共にプロデューサーとして注目されたこともある。ただ彼自身はシングル・ヒットを狙わず、ほとんどTVにも出なかったし、制作者としては黒子に徹し続けた。だから彼の存在は音楽を積極的に聴く人たち、先物買いの音楽ファンにしか浸透してこなかったのだ。

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