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カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2006年05月11日 12:00

更新: 2006年05月11日 19:50

文/出嶌 孝次

転がり続ける石ころたちは伝説になんてなりえない。だって彼らの綴る物語には、ピリオドなんて打たれないのだから……


〈その日もっともハードなロックンロールは、わずか5曲で終わってしまった〉――81年10月9日、ローリング・ストーンズの前座としてLAのメモリアル・コロシアムに姿を現わしたプリンスの、ローリング・ストーン誌でのライヴ評である。プリンスは10万人のストーンズ・ファンに大ブーイングを受けて20分で引っ込んでしまったのだが、この出来事に象徴されるように80年代のストーンズは、もはやヤバくてハードなロック・アクトではなく、ルシファーの名を呼ぶ危険分子でもなく、セクシャルな野獣たちでもなかった。大会場を包み込む〈みんなのうた〉から生まれた熱狂は、そのまま50年代から駆け抜けてきたロックンロールなるものの、良く言えばひとつの到達点、悪く言えば落ち着き場所だったのかもしれない。それは〈ストーンズらしさ〉を取り戻したとして絶賛された『Tattoo You』が実際はアウトテイク集だったことからもわかる。が、その〈ストーンズらしさ〉というものをストーンズの連中が見失いそうになった時代、それこそが80年代だったと言える。

 決してネガティヴな意味で書いているのではない。80年代にはメンバー全員が40代になり、家庭を持ち、もはやナイフやらペニスを振り回すには不適当になっていたわけで、ファンの側にしてもそれは同様だっただろう。もちろん、多くのロック・アクトが同じような現実に直面し、デヴィッド・ボウイは髪を金色に染め、クラッシュはヤワになったと叩かれ、ピーター・ガブリエルはケツを振って踊り、ブルース・スプリングスティーンは勘違いされ、フレディ・マーキュリーは伸び伸びとポップスターを謳歌し、レッド・ツェッペリンは〈Live Aid〉で再結成してしまった。マイケル・ジャクソンやマドンナが爆発し、一方ではヒップホップが台頭し、〈ワールド・ミュージック〉と括られる世界中のさまざまな音楽が広く知られていくなか、ロックは人懐っこいもの、あるいは懐かしいものになってしまったのだ。

 だから、82年の全米ツアーを終えた後、ストーンズが常に解散説を囁かれながら活動のペースを緩やかにしていったのも、仕方のないことだった。83年の『Undercover』は、新しもの好きのミックがヒップホップの要素を持ち込んだ作品だった。シングルのリミキサーにアーサー・ベイカーを起用したり、MTV時代に対応して“Un-dercover Of The Night”の凝ったプロモ・クリップも製作されているあたりは、時代の波に食らいついていこうという(ミックの?)意志を感じさせる。一方、そのままソロ活動に乗り出したミックへの怒りを膨らませたキースは、ジャケが示すようにみずから手綱を握って『Dirty Work』(86年)を作り上げた。このあたりになると、音楽性以前にミックとキースの不仲が話題の焦点だったような印象すら与えられる。が、活動休止状態を経験したことは、各々のメンバーに〈ストーンズであること〉を再認識させるという意味で結果的に賢明な選択だった。〈ストーンズがなくても生きていけるよ。でも、そうしようとは思わないね〉というチャーリーの名言があるが、それはミックとキースのふたりにとっても同じ思いだったということなのだろう。

 89年1月にストーンズは〈ロックの殿堂入り〉を果たすのだが、そこでミックが〈バンドにブルースをもたらしてくれた〉としてイアン・ステュワートとブライアン・ジョーンズという天国のふたりに賞を捧げたことに留意したい。リズム&ブルースがやりたくて集まった少年たちは、いつまでたっても好きな音を鳴らしたいオッサンなのだ。それが〈ストーンズらしさ〉であり、それを受け入れることで、ストーンズは終わらない歌になった。その月のうちにNYでミーティングした彼らはレコーディングを開始。別に最新型のジェット機みたいに空を飛んでいく必要はなく、転がっていけばいいのだ。ただ、新しい時代へアクセルを踏み込むのなら、昔の車じゃなく、新しい鋼鉄の車輪が必要だった。サウンドを的確にアップデイトしながら原点回帰を果たしたような『Steel Wheels』は、果たしてストーンズをもう一度ソリッドな石ころに引き戻す作品となったのである。

 その後のストーンズについて、筆者はもう書くことがない。スペースもない。92年にビル・ワイマンが車から降りたものの、〈ストーンズらしさ〉をよく理解しているドン・ウォズらのサポートを得て、彼らはいまも磐石の体制で走り続けている。だいたい、筆者が最初にリアルタイムで聴いたストーンズのアルバムは『Voodoo Lounge』(94年)なのだよ。コアなファンの人には価値を認められにくいだろうが、97年の『Bridges To Babylon』なんて、とんでもない傑作だったと思っている。最新作『A Bigger Bang』のように、普通にカッコええやん、と思わせてくれるのも凄い。転がるのと転がされるのは違うってことだ。

 幸いにも、ストーンズはレコード1枚きりで解散したりしなかった。自分の頭を撃ち抜いたり、喉にゲロを詰まらせたり、寝取った女の亭主に撃たれることもなかった。飛行機も落ちなかった。ストーンズはサヴァイヴしたのだ。生き残って、そこに存在していて当然の存在になったのだ。つまり、ストーンズは結局ストーンズでしかなかったのだ。ていうか、そんなことはもう知ってるよ。たかがローリング・ストーンズ、だけど……。

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