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カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2006年04月13日 12:00

更新: 2006年04月13日 20:08

ソース: 『bounce』 274号(2006/3/25)

文/桑原 シロー

幾多の苦難を乗り越えて、揺るぎない自信を手に入れた彼ら。そう、爆発の日は近い!


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「『Their Satanic Majesties』のセッションのことは何も思い出せないんだ。完全に白紙さ」と、のちにキースは振り返っている。「おまけに裁判もやってたから、ますますこのレコードが異様に思えたよ」とも。

 そもそも、〈『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を超えてやる〉なんて野望など端からなかった。67年の彼らは、スウィンギング・シックスティーズの渦潮の真ん中でアップアップしながら、〈もっとおもしろいことがやりてぇ~〉と呟きながら馬鹿騒ぎを続けていた。「もうマハリシ・ヨギ(インドの宗教家。ジョージ・ハリソンの師としても有名)などウンザリだぜ!」──そんな気分だったなんてこともキースは語っている。爆発の時は近かった。

 アンドリュー・ルーグ・オールダムと袂を分かったストーンズだが、体制の立て直しを考えていた時、トラフィックのプロデューサー=ジミー・ミラーと出会う。彼はバンド内にグッドなヴァイブレーションを生み出させる役割をバッチリ果たした。68年5月にリリースされた“Jumpin' Jack Flash”は、まっすぐウネることに専念したプレイが聴ける、完璧なロック・ナンバーに仕上がる。これが大喝采で世間に迎え入れられたのだ。同年7月には“Street Fighting Man”というこれまたピントのばっちり合った曲が届く。そして、彼らはアルバム『Beggars Banquet』なる大自信作を発表する。〈君たち今度はいったい何を飲んだの?〉と思わず口に出しそうになるほどに、目覚ましく活き活きとした彼らが記録されたこの歴史的名盤で、カントリーやブルースといった米国南部サウンドへの憧憬を露わにしているが、どっしりと腰を据えた彼らのコクのある演奏が並んでおり、どれもいったん胃袋の中に放り込んで吐き出したかのような生々しさがある。しかし何と言っても、冒頭の“Sympathy For The Devil”だ。サンバを採り入れたとも、ラテン・ジャズのスタイルに倣ったとも語られるこのストーンズの〈ミクスチャー・ロック・ナンバーの最高峰〉は、ビートルズの“Strawberry Fields Forever”と並び、ロックンロール・ヒストリーのミステリアス・パートにおいてもっとも輝く1曲である。彼らは、ゴタゴタ続きのストレスをこのアルバムで解消した(まさに、鬱憤を晴らす、といった印象の仕上がりなのだ)。

 そんな充実した気分で臨んだ彼ら主導のTV放映用のビッグ・イヴェント〈Rock And Roll Circus〉を12月に撮影するが、演奏が気に食わないという理由で封印(ゲストのザ・フーに負けたと判断)、その年のクリスマスにブラウン管に彼らの勇姿が浮かび上がることはなかった。

 翌69年もゴタゴタは続いていた。バンドは、ドラッグによって目に見えてボロボロになりゆくブライアンを何とかせねばならなかった(レコーディングにもほとんど顔を出していなかった)。もう限界だと感じたミック、キース、チャーリーは、ブライアンの自宅を訪れ、今後の話し合いをするが、すれ違いに終る。結果、彼は脱退へ。

 とにかくエンジンのかかっていた彼ら、ブライアンの0後釜にジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズにいた若きギタリスト、ミック・テイラーを迎えて、心機一転、新たな門出の祝いを7月のハイドパークのフリー・コンサートで行うはずだったのだが……。当時ミックと深い関係にあったマリアンヌ・フェイスフルは、「ブライアンが危ない。あの人もうすぐ死ぬわ」と予言めいたことを口にしていた。7月3日、その予言が的中した。ブライアン・ジョーンズが、自宅のプールで謎の溺死を遂げたのだ(彼の家の庭師らによる殺害説もある)。当然ながら、2日後に行われたハイドパークは、ブライアンの追悼コンサートとなった。

 その7月には、アーシーなサウンドの新曲“Honky Tonk Women”をリリース。彼らの快進撃は続いていた。しかし、ゴタゴタも並行して続く。12月のアメリカ・ツアーの最終日、オルタモント・スピードウェイでフリー・コンサートを行うのだが、警備をしていたヘルス・エンジェルスのひとりが黒人青年を惨殺するという事件が起きてしまう。愛と平和の祭典〈ウッドストック〉から4か月後の出来事だ。こうして彼らは、〈悲劇〉の中心人物となってしまう。

 だが、同月にはライ・クーダー、レオン・ラッセル、アル・クーパーらをゲストに招いた『Let It Bleed』なる、これまた超のつく力作を発表。黒っぽい南部系サウンドがとぐろを巻いたようなこのアルバムは、彼らがさらに深化したことを示す内容であった。どんなことがあろうと、タフに生き抜いてみせる。そんな姿勢で彼らは、充実の70年代へと滑り込んでいくのである。

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