さまざまな方角から吸収されたスライの音楽的バックグラウンド
MUSIC IS ALIVE, DANCE IN, MUSIC LOVER
スライのメジャー・デビュー以前の音源がいくつか発表されているが、そこでやっているのはドゥワップ調だったりする。白人変態天才であるフランク・ザッパのデビュー前の音源も同様。若いうちに肉声の重なりの魔法を追うという経験を積むことは前代未聞の飛躍表現の種になるのだろうか。サンプルはふたつだけだが、そのふたつはあまりに大きい。ともあれ、DJをやっていたというのが、スライの混合性の鍵を握っているのは間違いない。スライはリアル・ミュージシャンではあったけど、ある意味DJ的なセンス/クールな編集感覚を武器に枠を飛び越え、多様な要素を自在に重ねていた。リズムボックスの使用やスラッピング・ベースの使用といったパイオニア的側面も、そこから来ているとぼくは思う。そんななか、そのいちばん強い要素はロックなのは疑いがない。中学生の頃、ロック小僧だったぼくはスライを純ロックとして聴いていた。それはスライがもともとロック表現に明るかったことと共に、当初から聴き手を同胞に限定しないで音楽を作っていたことが働いているはずだ。
さらに、そんな彼の表現は起爆力抜群のファンクであるとともに、メロディー性豊かな秀でたポップスでもあった。それはビートルズを肯定できた、モータウン~ニュー・ソウル世代の持ち味と繋がるものだとの説明もできるはず。そして、『Fresh』以降はより音楽語彙を広げるようになり、自分の赤ちゃんの泣き声を大々的に使用したり、鋭意リズムのポリリズム化を推進したり、カントリーを導入したり(フィドル奏者のシド・ペイジをメンバーに入れた)、さらにはラテンやレゲエの要素も散見されるようになる。だが、どうであっても(後期はそうでもないが)、その奥にズシンとあったのは、めくるめく肉声の重なりであり、決定的なゴスペル要素だ。プリンスもまたそうだが、ゴスペルの言葉にならない感覚のコペルニクス的な変質的使用がスライの核にあるものだとぼくは力説したい。……米国黒人であることをまっとうし、その壁を超高速/高回転で突き抜け、奇跡と言うしかないポップ音楽の理想郷を作った男。その作業は遙かに人間の能力を超えるものであったろうし、途中から人間が壊れても何の不思議もない。最大の彼への愛と共に、ぼくはそう思う。
▼スライに影響を与えたと思しき異ジャンル盤を紹介
ファニア・オールスターズの編集盤『The Best Of Fania All-Stars Live』(Vampisoul)