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特集

スライ・ストーンの魔法を継承したファンクの神々

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2006年03月23日 12:00

更新: 2006年03月23日 23:15

ソース: 『bounce』 273号(2006/2/25)

文/出嶌 孝次

WHO IN THE FUNK DO YOU THINK YOU ARE?

 いわゆるジェイムズ・ブラウンの〈ファンキー・ソウル〉がスクエアなドラム・ブレイクを軸としたリズムの快楽性を追求したものだとしたら、スライ・ストーンのファンクはメロディーとアレンジが渾然一体となったウネリのなかに存在した。それはスライとジミ・ヘンドリックス、そして2人の若い感覚に嫉妬していたとされるマイルス・デイヴィス、この3人が相互に意識し合うなかで徐々に定まっていったものだと言える。ラリー・グラハムの革命的なベースが蠢く“Thank You(Falettinme Be Mice Elf Again)”の路線はジョージ・クリントン率いるPファンク(プレイヤー個々の創意を統合するというグルーヴ醸造術もスライに通じる)に受け継がれ、さらにスライが『There's A Riot Going On』で生み出してしまった〈音像のファンク〉は、プリンスの密室的なファンクに継承された。神の前にも神はいて、遡ればスライはいまもそこにいる。

JIMI HENDRIX

  もし生きていればファンクの扉を蹴破る寸前だったジミは、生前にスライとの共闘を予定していたという。バンド・オブ・ジプシーズを結成して臨んだライヴ録音の70年作『Band Of Gypsys』(Polydor)では“We Got Live Together”にてスライの“Sing A Simple Song”を早速引用。

MILES DAVIS

  ロックとの戦いも視野に入れた電化を経て、スライ同様にジミとの合体も企んでいたらしいマイルスは、〈暴動〉に参加した(?)後、72年の『On The Corner』(Columbia)で明快なファンク路線を披露。スライの影響どころじゃないポリリズミックなアレンジで見事な成果を上げた。晩年にプリンスと共闘しているのも興味深い輪廻だ。

EARTH, WIND & FIRE

  デビュー時はフラワー色の強いブラック・ロック、とまんまスライのフォロワーだった彼らも、73年の『Head To The Sky』(Columbia)からはより整合性を強めたアンサンブルに焦点を絞り、独自性を確立していくことに。なお、90年代に入ってからは“Good Time”にスライを招聘している。

GRAHAM CENTRAL STATION

  スライの独裁に反目して(?)独立したチョッパー・ベースの開祖=ラリー・グラハムは、すっきり整理されたファンクでスライ超えを図った。74年作『Release Yourself』(Warner Bros.)ではゴスペル感覚もより前面に出し、スライの〈黒さ〉を明快に拡大解釈したような印象もある。

PARLIAMENT

  ブラック・ロック期のファンカデリックは当然ながら、この時期のパーラメントも〈暴動〉の先をめざした怪物性と共に聴き逃せない怪作多し。75年作『Chocolate City』(Casablanca)の表題曲はミニマルなリズム・ボックスに導かれた進行する不穏な名曲だ。

JESSE JOHNSON


  A&Mから再起を図った80年代半ばのスライをサポートしたのが、元プリンス一派のジェシー・ジョンソン。テクノロジーを駆使しつつ肉体性豊かなファンクを聴かせた。86年作『Shockadelica』(A&M)に収録のヒット曲“Crazay”ではスライを担ぎ出している。

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