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特集

Sly & The Family Stone(3)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2006年03月23日 12:00

更新: 2006年03月23日 23:15

ソース: 『bounce』 273号(2006/2/25)

文/高橋 道彦

ファミリーの崩壊、そして……

 ところがスライは姿を消してしまう。70年に予定されていた80のコンサートのうち26をキャンセル。それを補うように急遽、『Greatest Hits』がリリースされるとセールスは300万枚に達したが、翌年にはコンサートの半分をキャンセルしてしまう。マネージャーは25万ドルの借金と手数料を払えとスライを訴え、続いてエピックは契約を停止し、印税の支払いを保留した。スライは自宅を立ち退き、ビヴァリーヒルズに非難。だが、そこでも騒音で周りを困らせ、地主から300万ドルもの訴訟を起こされている。

 そうした四面楚歌のなかで制作されたのが『There's A Riot Going On』だが、このアルバムは71年11月にチャートのトップに立った。同作はほとんどの演奏をスライがひとりでこなしていると言われる。『Stand!』ではメンバー以外は参加していないとクレジットで強調されているが、実際のところは違うようだ。スタジオ・ミュージシャンを使い、スライはオーヴァーダブも施している。いずれにせよ、『There's A Riot Going On』でついにファミリーは崩壊してしまった。アルバム・タイトルはマーヴィン・ゲイの『What's Going On』も連想させるが、それはまたアメリカ合州国の崩壊、スライが夢見た共同体の崩壊をも示している。オルタモントの悲劇で60年代に幕が下り、ヴェトナム戦争が泥沼化し、ロックの世界もサイケデリックから内省的なシンガー・ソングライターの時代へと移行していた。感情を押し殺すようにリズム・ボックスが淡々とビートを刻む『There's A Riot Going On』は、スライというシンガー・ソングライターによるファンク・アルバムなのだ(新しい機材=オモチャ好きという観点から違う評価もできるが)。

 この当時、スライはすでにドラッグが手放せなくなっていた。72年の後半だけでも彼は5回も法と対立している。なかには陰謀と思えるものもある。ブラック・パンサー党を支持しているようにも見えるスライは警察からマークされ、その一方でパンサーは煮え切らないスライの態度に苛立っていた。
 73年6月にはアンデイ・ニューマーク(ドラムス)とラスティ・アレン(ベース)も起用し、ビシバシとシャープなビートが決まる『Fresh』をリリース。74年6月にはマディソン・スクエア・ガーデンでのライヴを満員にし、それに先立って行なわれたキャシー・シルヴァとの結婚式はTV中継された。アルバム『Small Talk』のジャケットにはキャシーと愛息ブッバも登場。心の安らぎは確かに彼の音楽にも反映されている。

 この後のスライは、『High On You』(75年)、『Heard Ya Missed Me, Well I'm Back』(76年)を残してエピックからワーナーへ移籍。ワーナーでは『Back On The Right Track』(79年)と『Ain't But The One Way』(83年)をリリースしたが、オリジナル・アルバムの発表はそれが最後になった。なにしろ80年代のスライは、逮捕に次ぐ逮捕の嵐。81年から83年にかけてコカイン所持などで少なくとも6度はお縄を頂戴している。84年にはフロリダ州のクリニックでコカインをやめるプログラムを受けていると表明。が、87年には薬物に関する罪に問われてカリフォルニアから逃亡、89年にはやはりコカインの問題から55日間の服役を言い渡されている。彼は表舞台から完全に姿を消した。

 そんな過去があるからこそ、グラミー登場によってスライはそれだけ本気なのだと思わせる。もはや後には退けまい。〈sly〉とは本来、〈hip〉や〈excellent〉を意味する言葉だ(「Juba To Jive:A Dictionary Of African-American Slang」による)。ひょっとすると最高に〈hip〉で〈excellent〉、そして完璧(=〈stone〉)な復活を見ることができるかもしれない。

▼スライが80年代に参加した作品を一部紹介

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