こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

特集

耳で聴いたピープル・トゥリー

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2005年09月15日 14:00

更新: 2005年09月15日 18:44

ソース: 『bounce』 268号(2005/8/25)

文/JAM、鶴田 ともみ、出嶌 孝次

ボビー・コールドウェルをめぐる音楽の果実は、ここに一本のトゥリーを生んだ

BOZ SCAGGS
『Silk Degrees』
Columbia(1976)
  ソウルを歌うことに異様なまでの執着を見せたボズ。デビュー当初はジョニー・ブリストルにプロデュースを仰ぐなど、〈憧憬〉に留まらず〈同化〉をめざした痕跡もあるが、そんなカドも取れて彼なりのソウル・サウンドを完成させたのはこの作品でのこと。その音楽的な成長の過程はボビーと相通じる部分が多い。(JAM)

STEVIE WONDER
『Hotter Than July』
Motown(1980)
  声質や唱法はもちろん、マルチ・インストゥルメンタリストとしてのスタンスもボビーのお手本だと言えるのがこのワンダー師匠。特に80年代はまろやかなポップセンスが相当な共振ぶりを見せていた。なお、師匠がアレサ・フランクリンに書き下ろした“Until You Come Back To Me”は後にボビーも取り上げている。(鶴田)

TOTO
『TOTO』
Columbia(1978)
  ブルーアイド・ソウルというタームで語られることはほとんどないが、彼らがブラック・ミュージックに一方ならぬ思いを寄せていたであろうことは“Georgy Porgy”収録の本作を聴けばおのずとわかる。その愛情の示し方やアレンジ技法は後にコラボするボビーのやり口と実に似ていて、驚かされる瞬間も少なくない。(JAM)

THE STYLE COUNCIL
『Caf・Bleu』
Polydor(1984)
  ジャム時代も通じて、ソウルに対するたゆまぬ憧れを〈再現〉ではなく〈咀嚼〉し続けたポール・ウェラー。ただの〈好きモノ〉には終わらなかったスタイル・カウンシルにおけるクリエイティヴ・マインドは、ソウルに恋焦がれながらも、独自のスタイルを確立せんと格闘していた初期ボビーの熱い心意気と重なる部分、大。(JAM)

BILL WITHERS
『Menagerie』
Columbia(1977)
  共通項は少ないようだけど、(ボビーもモロにお気に入りの)スキップ・スカボローと共作したクラシック“Lovely Day”を収めた今作を聴けば、70年代中盤以降のビルとボビーがその歌い回しやソフト&メロウなグルーヴで通底していた様子がよくわかる。もちろん、80年代をクリスタルな恋人たちに捧げたという点もね。(出嶌)

THE DOOBIE BROTHERS
『Minute By Minute』
Warner Bros.(1978)
  70年代後半はブーツから土埃を払い落とし、洒脱なスーツに身を包んでみせたドゥービーズ。この時期の代表曲“What A Fool Believes”などでブルーアイド・ソウルを粋なAORサウンドへと昇華させたマイケル・マクドナルドは、そのアーバン・スタイリストぶりも、年輪の重ね方もボビーそっくりだ。(出嶌)

ERIC BENET
『Hurricane』
Warner Bros.(2005)
  ソウル・ミュージックを軸にしたヴォーカリスト的な振り幅という意味で、現在のエリック・ベネイの感覚にはボビーに近いものが感じられてならない。プロデュースにデヴィッド・フォスターを迎える時、果たしてそこに何を期待するのか、そういう目論見に関しても両者の間に大きなズレはないように思う。(JAM)

南 佳孝
『30th STREET SOUTH -YOSHITAKA MINAMI BEST』
ソニー
  帽子をキザにかぶってタキシードなんか着たら、なおさらそっくりに見える?なんて外見の話じゃなく。極めてアーバンなのに、そこかしこにリゾートな風情を潜ませた映像的なサウンドは両者が共有するセンスのなせるワザ。洒落者たちのセンチメンタルなロマンティシズムは潮風に乗って太平洋の両岸で共振していた。(鶴田)

インタビュー