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Bobby Caldwell(3)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2005年09月15日 14:00

更新: 2005年09月15日 18:44

ソース: 『bounce』 268号(2005/8/25)

活動休止、そして鮮やかな復活

 かくして人気アーティストの仲間入りを果たしたボビー。日本でもセカンド・シングルの“Special To Me”が火付け役となって、〈イヴニング・スキャンダル〉という邦題を掲げたファースト・アルバム『Bobby Caldwell』がヒット、79年10月には早くも来日公演を実現させている。しかし世間はそう甘くなかった。セカンド・アルバム『Cat In The Hat』(邦題は〈ロマンティック・キャット〉)をリリースして間もなく、TKが倒産してしまったのだ。従って同作からのリード・シングル“Coming Down From Your Love”は、ほとんどノン・プロモーション。それでもラジオでのオンエアを頼りに全米トップ40入り目前まで駒を進め、彼の楽曲の魅力をアピールしている。その甲斐あってかポリドールがボビーとの契約に乗り出し、81年には『Carry On』(邦題は〈シーサイド・センチメンタル〉)をリリース。この作品はマイアミとLAで録音され、TOTO勢の参加が目を引くことになった。とりわけ、ボブ・マーリーの死に衝撃を受けて書いた“Jamaica”はボビーの代表曲のひとつとなっている。だが肝心のシングル“All Of My Love”は、なんとポップ・チャートで最高77位に終わってしまう。

 でも日本でのボビーを取り巻く状況は上向きだった。デビュー時はちょうど〈ソフト&メロウ〉の呼び名の下に、ボズ・スキャッグスやマイケル・フランクス、ジョージ・ベンソンなどが大人気を博した頃である。この〈ソフト&メロウ〉とは特定のジャンルを指すものではなく、後年の〈FREE SOUL〉と同じように、共通するテイストや感性で好きな音楽だけを束ねたものだ。その都会的でオシャレなセンス、甘い哀愁感が、格好いい大人に憧れるヤング・アダルト層のハートを掴み、80年代に向けた新しいポップ・ミュージックの在り方として持て囃された。でも少し時代が下がると、その分化が進み、ジャズ・ベースのものはフュージョンに、黒人モノはブラック・コンテンポラリーに、そしてロック・ポップス系はAOR(=アダルト・オリエンテッド・ロック)に再構成。そこでボビーは〈AORアーティスト〉と括られ、クリストファー・クロスやエア・サプライの大ブレイクと共に、日本におけるAORブームの一角を占めるようになった。そんななかで制作された移籍第2作『August Moon』は、83年当時、日本のみのリリースになっている(後にUSでもリリース)。

 本国でのレコード・ディールを失ったボビーは、しかし、それまでの実績と才能を武器に、ソングライターという仕事に活路を見い出した。そしてボズ・スキャッグス、シカゴ、ジョージ・ベンソン、コモドアーズ、アル・ジャロウ、イヴリン・キング、ベティ・ライト、松田聖子などに次々と楽曲を提供。とりわけピーター・セテラがエイミー・グラントとデュエットした“The Next Time(I Fall)”は、見事に全米チャート首位を奪取する。同じくピーターが角川映画のために歌った“Stay With Me”も、日本独自のヒットになった。また、この時期ボビーは、イエロージャケッツに客演してヴォーカルを披露したり、いくつかのサントラ盤でも歌っている。そして88年、日本のタバコのTVCMに、『Bobby Caldwell』所収の名バラード“Come To Me”が使われ、大きな注目を浴びた。これが呼び水となって、翌89年には6年ぶりの新作『Heart Of Mine』が登場。この復活作はボビーが作曲家として他のア-ティストに提供した曲が半数を占め、以前と変わらぬ魅力をアピールすることになった。さらにこの新作は、ボズ・スキャッグスやネッド・ドヒニーと共に、静かに沸き起こっていた〈AORリヴァイヴァル〉に寄与。往年のファンを取り戻しただけでなく次世代も取り込んで、AORの人気再燃を推進している。以後もボビーはコンスタントにアルバムを発表しながら日本ツアーを敢行、一躍洋楽トップ・スターのひとりに躍り出た。〈キング・オブ・AOR〉や〈ミスターAOR〉という称号は、この頃に授かったものである。

 さらに90年代になってからは、サンプリング・ソースとして曲の需要が急上昇。特に〈風シル〉は2パック、アリーヤ、タチアナ・アリなど、実に多くのアーティストの楽曲に用いられた。他にも有名どころではノトーリアスBIGが“My Flame”、コモンが“Open Your Eyes”を使用。そうした流れに比例して、レア・グルーヴや〈FREE SOUL〉のシーンではボビー自身のオリジナルに対する再評価が進み、若手アーティストによるカヴァーも続々生まれている。80年代後半以降、商業的でメロディック指向のロック・サイドばかり強調され、若い音楽ファンから敬遠されがちだったAOR。当然ボビーはその代表格とされたわけだが、クラブ・シーンからの再評価により、近年はまったく新しい方面で人気を獲得しつつある。

 一方、ここしばらくはかつてのアイドルだったフランク・シナトラへの愛情をストレートに表現し、スタンダード・ジャズに傾倒していたボビー。それでもファンは、彼がいつかAORに戻ってくると信じて応援を続けた。そして、今年3月にリリースされた『Perfect Island Nights』は、何と10年ぶりの純AORアルバムに。またそれをフォローする作品として、レア音源を含む『The Best』と、〈FREE SOUL〉シリーズの『FREE SOUL - Drivin With Bobby Caldwell』という2枚の編集盤、さらには初期2作品が紙ジャケ仕様でリリースされた。この10月には、待望のAORセットによるライヴハウス・ツアーが実現。昨年暮れにスタートした〈ボビー・フィーヴァー〉は、いよいよクライマックスに向けて大きく盛り上がってきている。

▼ボビー・コールドウェルのジャズ~スタンダード志向作品

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