Bobby Caldwell
78年のとある日、マイアミの一角にあるコンサート会場は、多くの人々で賑わっていた。オーディエンスの7~8割は黒人たち。彼らはみんな、地元のラジオ曲でヘヴィー・ローテーションになっている“What You Won't Do For Love”を聴いて、それを歌う新人シンガーを観に来たのだ。ほどなく照明が落ち、お目当ての男がステージに登場する。だが彼にスポットライトが当たると、場内から大きなどよめきが起こった。〈なんてこった……〉。そう、その期待の新人シンガー、ボビー・コールドウェルは、何と白人だったのである。
でもこれはボビーが所属するレコード会社、TKの周到な戦略だった。彼の音楽性やヴォーカル・スタイルは、あのスティーヴィー・ワンダーにそっくり。しかし70年代後半のレコード・マーケットは、ディスコを除くと白人と黒人の市場それぞれが分裂状態にあり、ラジオでもソウル専門局は白人シンガーをかけない、ロック系のステーションでは黒人モノを敬遠する、そんな有り様だった。こうした人種格差を乗り越えて広い支持を得ていたのは、スティーヴィーやアース・ウィンド&ファイアなど、ごく限られた大物たちだけである。そこでTKのブレーンはボビーの素性を隠し、レコード・ジャケットに彼のシルエットを使って地元のソウル専門局に売り込んだ。それが見事に功を奏し、“What You Won't Do For Love”はローカル・チャートを急上昇。その評判は、次第に全米に飛び火していった。かくしてこの曲は78年10月にビルボード誌のソウル・チャートに初登場し、最高6位を記録。それに引き摺られて全米ポップ・チャートでも12月にランクインして、こちらでも9位まで上昇した。人種やジャンルなど関係なく、純粋に音楽だけで勝負する作戦が当たったのだ。そうした最中に開かれたのがボビー初の本格的なコンサート。そして話題の中心になった“What You Won't Do For Love”こそ、いまも数多くのカヴァーやサンプリング・ソースとしてお馴染みの、邦題〈風のシルエット〉に他ならない。
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