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カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2005年05月26日 17:00

更新: 2005年05月26日 18:19

ソース: 『bounce』 265号(2005/5/25)

文/渡辺 深雪

“Gasolina”のヒットでレゲトン・ブームの火点け役となったダディ・ヤンキー。シーンの中心人物として暴れ回るこの男の勢いが、ついに日本にも引火!!

音楽業界に留まらないレゲトンのブーム


 プエルトリカンをはじめとするラティーノ・コミュニティーでは相当前からアツかったレゲトン人気がここにきて一気に爆発中である。ようやくその波が日本にも届きつつある今、現在のレゲトンを取り巻く状況について軽くおさらいしてみたい。

 傍観者であるわれわれの目にはいきなり沸き上がったブームのような印象があるが、実は30年もの歴史を持つ(N.O.R.E.説)というこのジャンル、もともとはダンスホール・レゲエのリディム〈デンボー〉に合わせてスペイン語で歌いはじめた、エル・へネラルらパナマのアーティストたちがオリジネイター。当初はシンプルにスパニッシュ・レゲエとして認識されていたが、以降カリブ圏のラティーノを中心にサルサやヒップホップの影響を受けながら現在のカタチにまで発展してきた、というのが大まかな流れ。それがなぜに世界を席巻するまでのブームになっているのか?というのが素朴な疑問であろうが、答えは簡単。ラティーノ層がアメリカの都市部におけるマイノリティーの最大多数派となり、これまでは〈アーバン・シーン〉という括りのなかで黒人層とひとからげにされてきたラティーノたちの蜂起、ということに尽きるだろう。

 この〈意識革命〉とも言えるムーヴメントをメジャー・レヴェルで認知させるキッカケとなったのが、ご存知N.O.R.E. feat. ニーナ・スカイの“Oye Mi Canto”。同曲はたちまちラティーノのアンセムとして爆発的なヒットを記録。以前からアーバン・シーンにおけるラティーノ層の購買能力や発言力がすでに無視できないものであることに気付いてはいたものの、このヒットで尻に火が点いたレーベル・サイドは以降ヒット・シングルのレゲトン・リミックスを制作するなど大わらわ。さらにシーンの動向に敏感な大物アーティスト/エグゼクティヴも活発な動きを見せており、リル・ジョンとキューバ人MC=ピットブルのタイトな連携然り、P・ディディに至ってはそのピットブルとタッグを組み、バッド・ボーイ・ラティーノなる新レーベルの設立を発表したばかり。もちろんこのブームの波及は音楽業界のみに留まらず、ラキムやパム・グリアなどを起用してきたヘネシーの広告にはレゲトン界きってのコンシャスMCであるテゴ・カルデロンが登場して話題を呼んでいるし、ショーン・ジョンはダディ・ヤンキーをモデルに起用してラティーノ層へのさらなるマーケット拡大を目論んでいるというワケだ。

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