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船乗りみたいに生きていると
言ってもいいかもしれません(笑)


ケレン・アンさん(フランス代表)
  儚げで可憐なウィスパー・ヴォイスとフォーキーな音世界はフランス音楽界の大御所、アンリ・サルヴァドールのお墨付き。4か国語を自在に操るマルチ・リンガルな才女です

「私のアルバムは言葉遊びのようなもの。歌の語り手が、聴き手にいろんな想像をさせるんです。歌詞の意味するところは、決して100%自伝ではなくて、フィクションとリアリティーが混ざったものなのです」。

 そうは言ってもケレン・アンの歌は、まるで自分だけに手渡された秘密の日記みたいだ。日常の出来事が、言葉ひとつでファンタジーの世界へと繋がっていくようなイマジネイティヴな筆運び。シンプルな文体=メロディーでニュアンス豊かに物語を綴る彼女は、イスラエルに生まれてパリで育った。そして今は、NYとパリを行き来している。

「私の母国語は英語、ヘブライ語、オランダ語が入り混じったもの。フランス語はもっと後で覚えた言葉なんです。でも、英語もフランス語も、どちらでも自然な感じです。これまでいろんなところで生活してきたし、どの〈港〉にも愛着もある。船乗りみたいに生きていると言ってもいいかもしれません(笑)」。

 2000年に『La Biographie De Luka Philipsen』でデビューを飾ったケレン・アンは、バンジャマン・ビオレーとともにアンリ・サルヴァドールの復活劇にも手を貸した。前作の『Not Going Anywhere』は全編英語詞によるもの。それをきっかけにNYでレーベルを立ち上げるなど新たな音楽活動を始めた彼女は、4作目となる新作を『Nolita』と名付けた。それは、彼女が住むNYのリトル・イタリー地区(North Of Little Italiy)の頭文字からとったものだ。

「NYはパリに次いで2番目に好きな街。大部分の曲は、去年の冬にNYで書きました。だから、その時の雰囲気を味わいたくてNYでレコーディングしたのです」。

 そして出来上がったアルバムは、細やかな情感を湛えていて、その反面、凛とした芯の強さも感じさせるもの。彼女のお気に入りのNYの風景は「雪景色のカフェ・ジタンの前の教会」らしいが、教会のステンドグラスに反射する冬の太陽や、ピンと張り詰めた冷気も、このアルバムには詠み込まれているに違いない。

 ハーモニカやフィドルを使った“Chelsea Burns”をはじめ、フォークやカントリーなど、アメリカのルーツ・ミュージックからの影響をこれまで以上に感じさせるアコースティックな質感。でも、よく聴いていくと、細かいところまで音が織り重なっている。なかでもベスト・トラックのひとつが、タイトル曲“Nolita”だ。後半のストリングスの高鳴りと、そこにミックスされる彼女の息遣い。フレーズの積み重ねが、実験映画のようにマジカルなイメージを生み出していく。

「私にとっては、イメージを描きながら音楽を作り上げることが大切なんです。そういったところが“Nolita”には現れていると思います。音楽がイメージと繋がっていく感覚。架空の映画や、〈耳で聴く映画〉といった感じでしょうか」。

 そして、何より特筆すべきはその歌声の素晴らしさだろう。「声は楽器のひとつ。できるだけナチュラルであるように気をつけています」というその歌声は、メロディーに乗ったとたん、白い吐息のようにふわりと溶けていく。幼いころに聴いたビートルズにはじまって、スザンヌ・ヴェガやチェット・ベイカー、フランソワーズ・アルディにセルジュ・ゲンスブールといったアーティストに影響を受けてきたというケレン。そのシンギング・スタイルは、〈語り手〉としての強い磁場を放っている。そんな彼女に、アルバムの持つ雰囲気や世界観を、思いつくままに映画や小説に例えてもらうと……。

「チェルシー・ホテルのリリー・ラングトリー。山に囲まれた村の道をさまよう想像上のアリス。ジョン・カサヴェテスの映画に出てくるメイベル。バリー・マニロウの歌〈ローラ〉。これら全部が私の人生と混ざった感じです」。

 ここに登場するのは、さまざまな表情を持った女性たちだ。破滅的な女性もいれば、無垢な少女もいる。そして、そのすべての断片を鏡のように反射させているケレン自身の姿もある。『Nolita』はそんな彼女たちの物語を繋げたメランコリックな首飾りだ。ちなみにケレンの好きな言葉は「メロウ」だそう。豊かな美しさ、という言葉の意味以上に、そのまろやかな言葉の響きこそが、彼女の歌を現しているようだ。ロリータではなく(No Lolita:略して〈ノリータ〉)、成熟した美しい女性シンガーが、ここにいる。

▼ケレン・アンの作品

▼ケレン・アンが影響を受けたアーティストの作品

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2005年04月13日 17:00

更新: 2005年04月14日 19:43

ソース: 『bounce』 263号(2005/3/25)

文/村尾 泰郎

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