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特集

世界からの悲鳴を己の叫びで訴える、ボスの社会的活動履歴

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2004年12月24日 17:00

更新: 2004年12月24日 18:10

ソース: 『bounce』 260号(2004/11/25)

文/冨田 明宏

A SHOUT FOR WORLD CALLING

 俺たちのボスことブルース・スプリングスティーンによる執念の社会的活動は、79年の反核を訴えるチャリティー・イヴェント〈ノー・ニュークス〉から始まった。その5年後となる84年、“We Are The World”でお馴染み、アフリカ難民救済のための〈U.S.A. For Africa〉に参加し、〈ブルース・スプリングスティーン=チャリティーのシンガー・ソングライター〉というイメージが着実に定着しはじめる。続く85年、スティーヴ・ヴァン・ザントが提唱した反アパルトヘイト・イヴェント〈サン・シティ〉、翌86年、ニール・ヤングが提唱した心身障害児のためのチャリティー・コンサート〈The Bridge Benefit〉など、チャリティーと名が付くものには軒並み名を連ねていく。そんななか、99年にギニア人移民のアマドゥ・ディアロが4人の警官による〈勘違い〉で射殺された事件(警官側の無罪で決着)を題材にした名曲“American Skin(41 Shots)”を発表。痛烈な歌詞で警察を風刺し、コンサート警備のボイコット騒ぎにまで発展してしまう。〈どんな妨害があろうとも弱者を守る〉スプリングスティーンの姿勢は、これまで彼を冷ややかに見ていた人々の心も確実に動かしはじめていた。そして今年10月、R.E.M.やパール・ジャムほか20アーティスト以上が参加した反ブッシュ政権コンサート・ツアー〈Vote For Change(変革のための投票)〉を主宰し、大絶賛のなかその幕を下ろしたことはご承知のとおり。不器用なまでの純粋な正義感で、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の一節にもあるような弱者が虐げられている姿を見れば、東西南北どこにでも駆けつける俺たちのボス。彼はいまもどこかで走り続けているだろう。

▼関連盤を紹介。


2001年リリースの〈9.11〉へのベネフィット・アルバム『America:A Tribute To Heros』(Joint Network Benefit)

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