こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

特集

BRUCE SPRINGSTEEN(3)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2004年12月24日 17:00

更新: 2004年12月24日 18:10

ソース: 『bounce』 260号(2004/11/25)

〈ボス〉になったロックンローラー

〈バトンを回しながら彼女は前庭の芝生の上に立っていた/俺と彼女はドライブに出かけ十人の関係のない人間を殺した〉(“Nebraska”より)──83年、スプリングスティーンのベッドルームにて、4トラックのカセットレコーダーでたった一人きりで録音された『Nebraska』がリリースされた。冷えきっていて血なまぐさい描写の数々と裸んぼうの歌は、当時ファンを驚かせ、困惑させもしたが、いまではこの作品が高まる評価への反動であったことも理解されているし、こういう唐突ぶりがスプリングスティーンらしいアクションであるという認識も出来上がっている。アルバムに対する評価は年々高まり、2000年にはベン・ハーパーやサン・ヴォルトらが参加したトリビュート・アルバム『Badlands - A Tribute To Bruce Springsteen's Nebraska』が作られた。また、“Highway Patrolman”をモチーフにし、ショーン・ペンが初の監督作品「インディアン・ランナー」を作り上げた。

 その1年後、彼の地位を一層の高みへと押し上げるアルバム、メガヒットを記録した『Born In The U.S.A.』が完成。シンセ・サウンドのまばゆい煌めきにボブ・クリアマウンテンのダイナミックなミキシング、スプリングスティーンのプロフェッショナリズムが十分に発揮されたこの一枚は、80年代のアメリカ音楽シーンを象徴する作品となった。子供が、これがロックか!と目覚めるきっかけとなるようなあまりに明快な楽曲(だけでなくファッションも)が揃っており、聴衆たちはメロディーに合わせて無邪気に拳を宙に掲げた。しかし、スプリングスティーンをうんざりさせる〈誤解〉も多く生まれることになる。84年の大統領選で共和党のレーガン、民主党のモンデール両候補が“Born In The U.S.A.”を愛国歌と解釈し、演説や会見で利用したのだ。この曲の真意はデモ・ヴァ-ジョン(『Tracks』収録)が手に入る現在、容易に知ることが可能だが、とにかくスプリングスティーンの存在がいかに大きくなってしまったかをこの事件は示すことになった。85年4月には初来日が実現。オフに広島へ原爆ドームを見に行き、ショックを受けて帰りの電車ではずっと無言だったらしい。翌年LP5枚組という超怒級ライヴ・アルバム『Live/1975-85』を発表。これも初登場全米No.1となる大ヒット、世間の話題をさらう(大掛かりなレコード盗難事件まで発生した)。

 85年にスプリングスティーンはモデルのジュリアン・フィリップスと結婚。しかし二人の生活はすぐに破綻する。その迷いや空しさは待望された新作『Tunnel Of Love』(87年)へダイレクトに反映された。ふたたび自宅でのレコーディングが行なわれているが、『Nebraska』以上に内省的なムードの作品となる。多くのファンは〈やっぱ二人はダメなんだろうなぁ~〉という複雑な思いでこのアルバムを聴いた(リリース時にまだ離婚報道はなかった)。

インタビュー