こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

特集

DJ KRUSH(3)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2004年11月18日 14:00

更新: 2004年11月22日 12:48

ソース: 『bounce』 259号(2004/10/25)

世界的支持の獲得

 90年代初めから、DJ KRUSHのプレイは折衷的だった。彼はストレートなヒップホップをプレイしていても、そのなかにUK産のリミックスを混ぜたり、当時流行していたグラウンド・ビートの曲をミックスしたりしていた。それでも、曲をプレイするのと曲を作るのとはまったく違う作業である。DJ KRUSHがその後、当時を思い出して〈インストゥルメンタルの扱いには苦労した〉という話をしているが、それは本当だろう。しかし、時代は彼と同時に進行していた。  

 93年ぐらいから、UKでは〈トリップ・ホップ〉というムーヴメントが起こってくる。それは少しづつであったが、それまで70年代ファンクやジャズをプレイしていたDJが、それに飽き足らず、新しい音楽を求めてのことであった。トリップ・ホップの90%はインストであり、DJ KRUSHは94年にUKのモ・ワックスから『Strictly Turntablized』を発表することになった。フューチュラ(伝説的存在のグラフィティ・アーティスト)がジャケットを飾ったこの作品は、映画「TVO」のサントラに収録されたKRUSHのリミックス曲がUKのDJチャートに入ったことがきっかけで、モ・ワックスのジェイムス・ラヴェルがDJ KRUSHのファンになったからだと言われている。DJとして彼がある種〈禅的〉とも言えるミニマルかつ力強い独特の世界観と技術を持っていたのも、DJ KRUSHという名前を地図に載せるのに役立っただろう。日本のDJが世界に進出したのは、DJ YUTAKA、dj honda、そして沼田充司(彼は最初から海外で活動していた)など前後していろいろな例があるが、DJ KRUSHは間違いなくその先陣の一人だった。

 DJ KRUSHの本質はその頃から変わらないように思える。それは、本人がこう語っている──「低くもなく、高くもなく、その真ん中を縫っていくようなビート」──抽象的だが、彼はそのビートを基本として、感情を抑えた、それでも押し殺した何かがどこからか迸ってしまうような作品を作っている。このような個性が他のどこにあるのか。

 彼の名前が世界に知れ渡ると、共演者の名前も増えてくる。CL・スムース、エル・P、ザップ・ママ、DJスプーキー、日本のジャズ・ミュージシャンのなかでも真のアーティストの一人、近藤等則とのジョイント・アルバム『記憶 KI-OKU』のリリース……DJ KRUSHは本質に忠実に、しかしジャーナリスティックな布を纏うのを厭わない。流行や時代を彼は否定する者ではないように思えるし、彼自身も言っているように、「ひとつのことをやると、次に行きたくなる」タイプなのだろう。こうも言える。DJ KRUSHはそのビートが支える覗き穴から見える世界を少しづつ角度を変え、拡げているのだ、と。それが6枚目のアルバム『漸 -ZEN-』の、〈インディーのグラミー賞〉といわれるアメリカの〈AFIMアワード〉における〈ベスト・エレクトロニカ・アルバム2002〉最優秀賞の獲得に繋がるのだ。その個性がアメリカで認められたのだ。このことが容易ではないのは言わずもがなだ。

 さて、今回発表された8枚目のアルバムである『寂 -jaku-』は、和楽器との生での共演も含めて、彼のキャリアの大きなひとつの区切りと言えるようだ。彼自身、随分と新しい試みをしたと語っているが、興味深いのは、彼が和楽器とのコラボレーションを「ジャズだと思う」と言っている点だ。かつてギャングと分類された若者がブラック・ミュージックに触れてから随分と時間が経ったようでもあり、あっと言う間でもあったようだが、その影響は彼の音楽的人生を決定付けたように思える。

▼DJ KRUSHのミックスCDを一部紹介


98年の『HOLONIC-THE SELF-MEGAMIX』(Mo' Wax)

インタビュー