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特集

1990~サウンドシステム文化がいよいよ花開いた

サウンドシステム文化がいよいよ花開いた!!

 日本でレゲエをかける(一般的に言う)DJが登場したのは80年代前半。クラブとそれに付随する音楽の流れが日本で加速しはじめた頃のことだ。ジャマイカでのダンスホール・レゲエの隆盛とも結果的に歩を合わせたそれは、ラスタ・カラーとボブ・マーリーのみでばかり語られる日本でのレゲエ認識の質的転換を告げ、80年代中期~後期、ランキン・タクシーが主宰するTAXI Hi-Fiをはじめとするサウンドシステム(サウンド)の登場で決定的になったと思われる。

 以降、サウンドは増加したが、スピーカー・セットありきの基本姿勢とレゲエをプレイできるハコの増加が思うように進まぬ状況もあってか、数的にはやや頭を打った感がなきにしもあらずだったが、90年代末のMIGHTY CROWNらの海外での活躍がひとつのブレイクスルーに。レゲエそのものの注目度の高まりとともに現場からの要請も高まり、サウンドの活動場所も増大。いまやセレクター集団としてウーファー・セットを持たぬまま活動を広げるサウンドも日本各地に数知れない。今年も〈横浜レゲエ祭〉を開催するMIGHTY CROWN、今年は野外開催となる〈HIGHEST MOUNTAIN 2004〉を主催するMIGHTY JAM ROCKはもちろん、SUNSETや昨年のクラッシュ〈衝撃 2003〉で見事栄冠を勝ち取ったINDEPENDENTに同クラッシュで惜しくも2年連続2位となったINFINITY 16……サウンドの裾野は日に日に広がり、それは今日もダンスホールという音楽の流れをルールする。(一ノ木裕之)

次々に立ち上がる自主レーベル

 V.I.P INTERNATIONALがジャパニーズ・ダンスホール・シーンを確立してから数年。90年代に入ってからの大きな動きを作ったのがJAP Jamだ。このレーベルは当時多くのサウンドマンたちからの支持を獲得し、絶大な人気を得ていく。特に三木道三やNANJAMANの存在はこのレーベルの原動力となった。その後数々のレーベル──THUNDER GATE、BASS KULCHA、ROCKERS WORLD、カエルスタジオ、JAH MATIC、錦、MIGHTY JAM ROCK、LIFE STYLE、YA-LOW──が産声を上げることになる。それぞれサウンド・クルーやアーティストが設立した、それぞれに顔の見えるレーベルだ。日本製のオケにこだわり、東京、大阪のアーティストを多くフィーチャーしていたTHUNDER GATE、名古屋のサウンド=SAMURAI SUPER POWERのクルーが運営し、地元のアーティストを大事にしているレーベル、YA-LOW、横浜から世界に向けて発信し続けるMIGHTY CROWN主宰のLIFE STYLEなど……まだまだCDで聴ける90年代ジャパニーズ・ダンスホール・クラシックスは多い。(前田和彦)


JAP jamのコンピ『JAP jam INTERNATIONAL VOL.1』(アルファエンタープライズ)

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2004年08月05日 13:00

更新: 2004年08月05日 20:32

ソース: 『bounce』 256号(2004/7/25)

文/bounce編集部

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